世界評価:35点/階級難易度10点/人気:5点を満点に、合計50点満点で採点する「90年代以降」つまり4団体時代の日本のボクサーのPFP。

1位は井上尚弥。

2019年で評価を下すわけですから、井上には追い風がびゅんびゅん吹いているタイミングです。

井上の世界評価はリング誌でPFP3位と日本人史上最高(60年代のディケイドPFPでファイティング原田が5位という評価もありますが、ここは90年代限定のコンペティションです)であることを評価して満点の35点。

階級難易度はジュニアフライ+ジュニアバンタム+バンタムの合わせ技で6点としましたが、改めて考えると「階級難易度」は「複数階級制覇」を加味するべきではありませんでした。

単純な数字を評価してしまうと、防衛回数や世界戦勝利数なども得点に結びついてしまいます。

「階級難易度」は「複数階級制覇の場合は最も支配的に君臨した階級とその支配度」に修正します。

井上の場合は2団体統一したバンタムで問題ないでしょうが、支配度となるとドネア戦は明らかにマイナスです。あの大苦戦は日本でも世界でも評価される傾向がありますが、ここは独断と偏見のフシ穴ワールド、4点です。

人気は辰吉丈一郎と亀田興毅の満点5点から見ると、せいぜい2点。

辰吉とは時代背景が違いますし、亀田のケースは「嫌悪されていただけ」という意見もあるでしょうが、最も磁力が強い人気は「嫌われて世間の注目を集めること」であるとメイウェザー先生にしっかり教わっていますので、亀田は文句無しの満点。

これで、井上は35+4+2=41点。階級難易度と人気でポイントを落としましたが、90年代以降の「4-Belt Era (4つのベルトの時代)」で日本最高のボクサーです。

では、2位は?

ここでも「階級難易度」を考えざるをえなくなりました、昨日の今日です。ここの配点は10点ですが、セカンドタイトルとはいえ、世界戦4勝4KO2敗の村田諒太のミドル級を10点にするとバンタムは1点以下にしなければなりません。

ただ、村田の場合は世界の目が厳格なクラスで「世界評価」は15点かそこら、「階級難易度」は10点+ボーナス5点、人気5点で35点。

昨日の今日で、村田にも風びゅんびゅんです。脳内評価です、当然です。日本では長谷川や西岡が原田と並んで真剣に論じられていた時期だってあったのです。

今日は村田の風が吹いてます。

アマ実績は基本的に加点対象ではありませんが、ミドル級で五輪金は別物。プロでも世界戦線で戦い続けている、2位が村田だ!


そして、最も配点の大きい「世界評価」が「リング誌やESPNのPFP」 が大きな決め手になるとするなら、山中慎介と内山高志が3位の有力候補です。

リング誌では山中は8位、内山は9位まで PFPランクを伸ばしましたが、井上も含めた3人が高い評価を得た最大の理由はインターネットの普及で極東の軽量級選手の試合が簡単に見ることが出来るようになったことです。

そして、長谷川穂積と西岡利晃という勇敢な先駆けが手探りでPFPの扉をノックし続けたことも強烈なアシストになっていたことはリング誌を読むまでもありません。

また、米国ボクシングの凋落とリング誌の慢性的な経営危機も「今までのままではいけない」と、ローマン・ゴンザレスが2年にわたってPFP1位に君臨したように、評価のスポットライトを軽量級にも向けるようになっているトレンドも無視できません。

それを踏まえて3位候補を挙げてみると、長谷川と西岡に加えてユーリ・アルバチャコフ、井岡弘樹、川島郭志、徳山昌守、新井田豊、寺地拳四朗ら、階級最強候補と考えられた面々です。

この中では、ユーリの存在感が抜きん出いています。

PFPの壁が今よりもはるかに高く分厚かった90年代に、堂々の年間(1996年)10位(井上の3位は随時変動する〝瞬間〟)。「世界評価」は30点。「階級難易度」は4点、「人気」は申し訳ないけど0点。合計34点。

もし、ユーリがチャチャイ・ダッチボーイジムに勝っていたら…マニー・パッキャオは日本でユーリに挑戦、惨敗を喫していたかもしれません。その「もし」が現実なら、私たちが仰ぐパッキャオは存在していたでしょうか?

3位はユーリ。
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4位は、防衛回数や複数階級制覇…数字とは対極にある「誰に勝ったのか?」にしっかり焦点を当てたいと思います。

現役PFPファイターや殿堂選手に勝利したボクサーは日本史上でも数えるほどですが、90年代以降ではなんと二人も輩出しています。


1991年12月17日、WBA世界ジュニアフライ級王者柳明佑に挑戦したのは元WBCストロー級王者・井岡弘樹。

当時無敗で17度防衛中の柳は、2013年に殿堂入りを果たすグレート。圧倒的不利と見られていましたが、スピードに乗った左ジャブで柳の〝ソナギ(激しい夕立)〟パンチを封じて12回判定勝ち。

井岡弘樹はこの勝利で2階級制覇達成を達成、これは原田、柴田国明に続く日本人3人目の快挙。

ボクシング人気が全く違う時代で比較するのは適当ではありませんが、勝った相手の名前もあり、井岡一翔の日本人初の4階級制覇よりも遥かにスポーツ界を揺さぶった勝利でした。

「世界評価」は25点、対戦相手も加味した「階級難易度」5点、「人気」3点。合計33点。

ナパ・キャットワンチャイとの2試合に、日本人初の3階級制覇にことごとく失敗とマイナス印象も強いのは承知で、井岡弘が4位。
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1992年4月10日、メキシコの闘牛場で平仲明信が92秒で攻め落としたのは未来の殿堂入りボクサー、エドウィン・ロサリオ。

ヘクター・カマチョから実質勝利を収め、フリオ・セサール・チャベスと決闘を繰り広げたWBA世界ジュニアウェルター級王者です。

ネットやYouTubeなど影も形もない時代。「平仲、ロサリオを1ラウンドで粉砕」のニュースに、自分の目で見ていない日本のボクシングファンは「嘘だろ?」「逆だろ?」と狼狽したものです。

「世界評価」20点、対戦相手を加味した「階級難易度」10点、「人気」2点。合計32点。

5位は平仲明信。