【スタンフォード大学編纂英英大辞典】ピュギリストとは、主に17世紀頃の英国で誕生した職業ボクサーのこと。
歴史的・地理的に断絶と乖離があり、競技ルールも大きく異なる古代ローマのグラディエーターなどは、ピュギリストとは呼ばない。
かつては、酒場や売春宿で客から賭け金や観戦料を集める興行主が試合を組んでいた。
英国では興行主が酒場や売春宿の経営者だけでなく、王侯貴族や文豪であるケースもあったが、特に米国では反社会的勢力が興行を担うことも珍しくなかった。
懸賞金を巡って戦うピュギリストは、プライズ・ファイターとも同義語。
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ーーボクシングは現在も残る、最も古いプロスポーツです。
英国でクイーンズベリールールが施行され、近代ボクシングの原型が出来上がったのが19世紀半ば過ぎ。
まだ西漸運動が完結せず、フロンティアが残っていた米国はもちろん、日本も明治維新前後の混乱期。大衆がスポーツを楽しむ余裕などあり得ませんでした。
というよりも、そもそもスポーツという概念が存在していませんでした。
米国で虐げられていた黒人に、ヨーロッパで行き場を失い新大陸に流れ着いたアイルランド、イタリア、ユダヤの貧しい人々…米国ボクシングは彼らの拳によって黎明を迎えます。
現在、米国では野球、アメフト、バスケ、アイスホッケーを4大スポーツと呼んでいますが、大衆がスポーツを楽しめるようになった1920年代からは3大スポーツ(ボクシング/競馬/野球)の時代が続きました。
1920年代に大衆にスポーツが解放されたことには、生活に余裕が出来たことと同時に、ラジオの登場が大きな役割を果たしました。
それまで、会場を訪れ肉眼で見るしかなかったオンタイムの観戦がラジオのスイッチを入れるだけで、どこでも実況生中継を聞くことが出来る時代が当落したのです。
ゲート収入(会場で回収する賭け金や観戦料など)がほとんどを占めていた興行収入は、ラジオの登場でCMスポンサーという新たな金脈を掘り当てます。
観戦料や賭け金を支払うことなく、純粋にジャック・デンプシーやベープ・ルースの活躍を楽しむ人々。
ラジオは、スポーツファンという全く新しい人種を生み出したのです。
1940年代になると、テレビも普及。スポーツファン人口は一気に膨らみ、CMスポンサーからの収入も激増します。
米国で多くのスポーツ興行を牛耳っていたのは、マフィアと、マフィアと持ちつ持たれつの反社会的勢力。
デンプシーの熱烈なファン、そしてパトロンとしてアル・カポネやラッキー・ルチアーノがリングサイドに陣取っていたのは有名な話です。
ルースがマフィアと深く繋がっていたことは、デンプシー以上によく見聞きする話でしょう。
これはスポーツや芸能の世界では洋の東西を問わず、当然そこに帰結する必然のシステムでした。
しかし、顔の見える会場と違い、ラジオやテレビでは匿名の視聴者がマフィアのやり方や怪しい試合(つまり八百長のこと)に新聞投稿などで疑義を唱えることが可能になります。
顔が割れてしまう会場でマフィアへの批判や悪口を吹聴する者はいませんが、匿名となると俄然口が軽くなるのは今も昔も変わりません。
そして、一般企業がCMスポンサーとなることでボクサーの待遇は大幅に向上し、マフィアのカネやコネクションを使わずとも興行が打てる健全な土壌が徐々にですが出来上がっていきます。
また、ずっと後年になりますが、カス・ダマトやカシアス・クレイ陣営のようなマフィアとの衝突を恐れない〝拳キチ〟らも登場、暗黒街の顔役たちの住処は狭められていきます。
当時のカメラは現代とは比べるべくもなく、性能が大きく劣りました。しかしこのことは、見た目が分かりやすく実況も容易なボクシングと競馬にとって、複雑な野球に対する大きなアドバンテージになっていました。
かつて米国のキング・オブ・スポーツだったボクシングが、アメフトやバスケの後発組に抜き去られるばかりか、完全にニッチスポーツにまで転落してしまった大河を上流から、現在の下流域まで早送りしていきます。
近代ボクシングの夜明けから、現代まで。
その社会的地位と市場動向をエポックメイキングな事件と人物で綴る、つまり伝説のピュギリストと悪徳プロモーター、マフィアの大物たちが躍動するクロニクルの御開帳です。
……途中でゴッドファーザー話に大きく逸れてしまう危険を感じつつ…2時限目に続きます。

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