「全米ボクシング記者協会に言いたいこと?何もないさ。彼らは彼らの身内の中で賞を決めてるだけ。年間最高トレーナー賞に一度もノミネートすらされてないことも全く気にならない。彼らは私たちが嫌いなんだろう」。〜エディ・レイノソ
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「ボクシングこそが人生。ボクシング、すなわち人生」と言い切るレイノソは、その信条のまま〝NO BOXING, NO LIFE〟というファッションブランドを立ち上げた(帽子)。

優れたボクサーを語るとき、トレーナーの存在は誰も無視できない。

モハメド・アリとアンジェロ・ダンディ。マービン・ハグラーとペトロネリ兄弟。マニー・パッキャオとフレディ・ローチ。フロイド・メイウェザーとシニア&ロジャー。ワシル・ロマチェンコとアナトリー・ロマチェンコ。

しかし、よく考え直して見るがいい。

アリは最初からアリだった。ハグラーもそうだ。パックマンも全米デビューのレドワバ戦で、ほぼ完成されていた(フライ級時代は見る影もない原石だったが)。メイウェザーもロマチェンコもデビュー当時から大きな進化は見せていない。

ダンディやローチがやったことは、最高の素材にほんの少しだけ調味料を加えただけだ。

目に見えた進化を遂げて世界のトップに登ったボクサーは、実は存在しない。彼らは最初から、そうだったのだ。

ボクシングファンなら、何を今さら言い出すんだという話だろう。

「天才は育てるもんじゃない。生まれてくるもんだ」。リングを知っている人なら誰でも知ってる有名な格言だ。

しかし、ボクシングメディアやファンは自分に都合が悪いものは見なかったことにする性癖がある。

カネロ・アルバレスが2011年にマシュー・ハットンを破って世界王者(WBCジュニアミドル級)に就いたとき、ボクシング界は「弱い相手にいくら勝っても評価できない」と切り捨てた。「平凡なマシューに危ない場面を作られたカネロはディフェンスに欠陥がある」とも言われた。

2012年にシェーン・モズリーに圧勝したときは「ライト級がピークで当時40歳のロートルに勝っても意味はない」と書かれた。

2013年にフロイド・メイウェザーと戦ったときは、ドローとスコアしたC・Jロスとカネロが犯罪者のように糾弾された。カネロがジャッジしたわけではないにもかかわらず。

2014年にエリスランディ・ララをスプリット・デジションで下したときも「カネロ判定」だと軽蔑された。

2015年のミゲール・コット戦は「苦戦する」と言われたが圧勝すると「パッキャオに壊されたコットはロートル」になった。

無敗の世界王者リーアム・スミスは、2016年にカネロに粉砕された瞬間に「穴王者」と呼ばれた。

2017年にゲンナディ・ゴロフキン戦では「惨敗する」と誰もが予想したが、判定になるとメディアもファンもスコアがおかしいと大騒ぎした。

カネロに責任がないことを突っつく前に、彼らにはやるべきことがあるはずだ。

「カネロは私たちが予想していたよりも遥かに強かった。私たちは間違っていた」と認めることだ。「カネロの欠点と言われたディフェンスは今や最大のストロングポイントと言えるまでに大幅な改善を見せた」と認めることだ。

「カネロは弱い相手とばかり戦っている」と語っていた彼らは、弱い相手とばかり戦っているロマチェンコやクロフォードを高く評価しているが、ロマやクロはPFPファイターに勝つどころか、戦ったことすらないことには口をつぐむ。

最初から偏見という名の眼鏡でしかカネロを見ることをしないボクシング界でも、もうそろそろ自分たちの過ちを素直に認めるときだろう。

カネロがミドル級はもちろん、ライトヘビーまででも最強候補だと。マシュー戦からの8年で劇的な成長を遂げて、実質PFPキングであるということを。

そして、カネロの成長物語をデザインしたのがエディ・レイノソであることを。

「世界が我々が受けるべき尊敬を与えない理由は、我々を恐れ、嫉妬しているからだろう。我々が歩んでいるのは誰もが憧れる成功と勝利の道だ」。

「米国の記者にはアミール・カーンに勝ったクロフォードは絶賛するが、3年前に同じことをやった我々には「カーンはポンコツ」と片付けた。米国の記者の頭の中ではポンコツが3年経つと強豪になるらしい」。

世界の闇のコネクションと巨大権力がバックにあるから、微妙な判定はカネロに流れるーーそう信じている人がいるなら、質問したい。もしそうだとしたら、どうしてもっとちっぽけなメディアの間違った記事がコントロールできないのだ?

42歳のレイノソが、世界最高峰のトレーナーであることは疑いようがない。

ラテンアメリカからBWAAの年間最高トレーナー賞に輝いた名伯楽は3人。ミゲール・ディアス、フェリックス・トリニダードSr.(二度受賞)、そしてアベル・サンチェス。

“ I COME FROM A COUNTRY THAT LIVES AND BREATHES BOXING, AND MORE THAN ANYTHING A COUNTRY ACCUSTOMED TO WINNING IN BOXING.

メキシコはボクシングが空気のように当たり前の国だ。そして何より、メキシカンはボクシングで勝利するようにしつらえられているのだ。


「元世界ジュニアフェザー級王者オスカー〝チョロロ〟ラリオスとの仕事で多くを学んだ。当時のカネロはアマチュアで、やはり多くのことを学ぶ過程にあった。それから多くの時間が流れて、カネロは一発殿堂確実の伝説になった」。

「優れたボクサーを育てること?残酷なこと(才能)が大前提で、そのあとは当たり前のことをひたすら実践するだけだ。規律を守り、愚直に繰り返し練習できることだ」。

「才能のあるボクサーは、いつの時代でも掃いて捨てるほどいる。ただ、彼らの多くは正しい心構えでトレーニングに打ち込めていない。彼らの多くは、間違ったスタイルで戦ってしまっている。だから潰れてしまうんだ。そんなの当たり前だ。」。

「期待の新人が躓く光景は毎年どころか、毎月、毎週見ることが出来る。しかし、メディアやファンが過大評価だった、期待はずれだったと切り捨てるのは大きな間違いだ。彼らは正しい心構えで練習に打ち込めなかったか、間違ったスタイルを選択したか、あるいはその両方だから」。

「注目される若者は必ず何かを持っている。そして、必ず何かが欠けている。カネロは戦士のハートを持っていたが、それ以上にボクシングに対して巨大な情熱を持っていた。そして戦士のハートは、防御への意識が低いことの裏返しだった」。

「トレーナーがやるべきことは簡単だ。戦士はプライドが高いから、防御を意識しろなんて指示しちゃいけない。もっと多くのパンチを、もっと効果的に叩き込もうぜと励ますんだ」。

「相手の攻撃を受けてしまうと、こっちの攻撃は分断される。綺麗に攻撃をつなぐためには相手の攻撃をすかさなければならない。カネロの戦士のハートを削るようなことは絶対にしてはならない、その闘志を鼓舞しながら防御を教えるんだ」。

レイノソは2人の駿馬も教えている。WBOフェザー級王者オスカル・バルデスと、メキシカンに圧倒的人気を誇るライアン・ガルシアだ。

「二人とも才能がある。そして規律を守って愚直に練習に打ち込んでいる。二人ともその個性にあったスタイルを身につけつつある」。

メキシコのボクシングファンは打撃戦を偏向して好む。ジャブを突いてバックステップを踏みながらラウンドを数えるランナーは軽蔑される。

そんな極端な風土で、防御を教えるのは相当な苦労が伴ったのではないか?

「それはない。私は、緊急事態を除いてジャブを突いて後ろに下がれなんて指示は出さない。メキシカンスタイルは、肉を切らせて骨を断つなんて底の浅いものじゃない。打ち合いから逃げないのがメキシカンスタイルだ。肉を切らせる必要などない」。

好戦的で偉大なメキシカンの血統を継いでいると誰もが認めるカネロが、とんでもないディフェンスマスターであることは多くのデータが物語っている。

凡庸なマシュー・ハットンの遅鈍な攻撃にピンチに陥ったカネロは、今はもうどこにもいない。

「カネロに『防御を高めろ』なんて教え込んだら、彼のボクシングは空中分解していただろう。『もっと攻めろ!もっと強く打て!もっとパンチをまとめろ!』と檄を飛ばしたよ」。

「カネロは『相手のカウンターを意識すると攻めきれない、強く打てない。ジャブが邪魔でパンチがまとめられない』と相談してきたよ」。

「よし!ジャブやカウンターを無効にしたらもっと攻めて、強いパンチをまとめることが出来るということだな?そのために何が必要かを2人で考えよう、そうカネロに持ちかけたんだ」。
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「ボクシングこそが人生。ボクシングすなわち、それが人生」と言い切るレイノソは、その信条のまま〝NO BOXING, NO LIFE〟というファッションブランドまで立ち上げた。

レイノソの言葉には嘘がない。

考えて見るがいい。この1年間を振り返ってもパッキャオとローチ、ゴロフキンとサンチェスが袂を分けた。いろんな摩擦や理由がまことしやかに語られているが、一言でいえばカネだ。

パッキャオがローチの要求するカネを払えば2人は別れなかった。ゴロフキンとサンチェスがどこかの金額で妥協していたら、今もあの2人は一緒だ。


もう、お分かりだろう。


レイノソは、世界の歴史上で最もカネの問題でもつれるはずのアスリートとずっと連れ添って来たのだ。

「ジムの練習環境さえ整っているなら、食べていくだけで十分だ。カネなんて要らない。カネロと別れるとしたら、ボクシングの技術観で食い違ったときだろう。もちろん、将来それがないとは言えない」。

レイノソはそう言うが、カネロは否定する。「ボクシングを始めた時からレイノソにチューンナップされてきたんだ。どこかに不具合が生じたときに、それを調整したり交換できるのは彼だけ。代わりはいない」。

カネロは「オーダーメイドのフェラーリのメカニックはフェラーリの専門スタッフでないと務まらない、ということか?」と聞かれると笑い出した。

「もっと複雑で精巧な話だ。それにまだフェラーリは集めてるけど、今のお気に入りはブガッティだ。私の顔を見ると『また新しいフェラーリを買ったのか?』とみんなが聞いてくるけど、私は毎日フェラーリを買ってるわけじゃない。私だっていろいろ変わっているんだよ」。

そう、カネロ・アルバレスはエディ・レイノソとともに常に進化してきたのだ。

プロデビューからの14年55試合の軌跡を振り返るまでもないだろう。

ゴロフキンとの2試合を見るまでもないだろう。

カネロは常に進化してきた。もし、9月にゴロフキンとの3戦目が実現したら、ゴロフキンとボクシング界と米国メディアにとって、またしても「不都合で明白な結果」が出るだろう。

そのとき彼らはまた後出しで騒ぐだろう。「37歳のゴロフキンは衰えていた。今夜のゴロフキンは別人のように酷い出来だった」と。   

レイノソとカネロはリングの外で何を言われようが、BWAAが表彰対象から締め出そうが、全く気にしていない。 

「リングの中だけを見て欲しい。そこでは私たちの勝利を誰も邪魔することは出来ない。年間最高トレーナーとかPFP、リングの外で決めることには興味はない。ローマン・ゴンザレスでもロマチェンコでもクロフォードでも、勝手に一番だと言い張ってたらいいのさ」。 

※BWAAはレイノソを無視しているが、リング誌は2018年最高トレーナー賞の候補に挙げた(アナトリー・ロマチェンコが受賞) 。