米国NBCスポーツから、何とも複雑で難解な問題を孕んだニュースです。
【NBCスポーツ:6月19日】The governing body of track argued that Caster Semenya is “biologically male” and that is the reason she should reduce her natural testosterone to be allowed to compete in female competitions, according to documents released publicly by sport’s highest court for the first time on Tuesday.
「キャスター・セメンヤが〝生物学的には男性〟であるがゆえに女性種目に出場するには先天的に高いテストテスロン値を下げる処置をしなくてはならないとIAAF=国際陸上競技連盟が主張した文書」がスポーツ高等裁判所(スポーツ仲裁裁判所=CAS)によって日本時間水曜日、初めて公開された。
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社会的にはLGBT、性的少数者への理解は以前よりも格段に進んでいます。
性的少数者、その定義は様々ですが基本的に自己申告です。
自己申告してもらわなければ周囲は気づくことが難しい、見た目では分からないこともこの問題を複雑にしています。
性的少数者を認めないことが、許されない差別であるのは当然です。
学校で教育を受ける、就職して働く、そんな当たり前のことが性的少数者だからという理由で阻害されるようなことは絶対にあってはいけません。
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しかし。
進学や就職ではなく、その舞台がスポーツであった場合はどうでしょうか。
スポーツの世界で「自己申告」によって男子女子を分けるなんてことを許してしまうと大混乱を招くことになります。
CASはIAAFが示した「生物学的に男性」という文書(おそらく複数の証拠資料を提出しているはずです)をもって「心理的に女性であっても、女子種目に出場することは出来ない」と裁定、セメンヤの主張を却下しました。
セメンヤは一般的な性的少数者と同じ「生物学的な性別と、心理的な性別の不一致」です。
これをもって、進学や就職などで差別を受けるようなことは絶対に許してはなりません。
人間にとって最も大切なものは心であり、それが人間を他の動物とは一線を画す存在たらしめているのですから。
生物学的な性別で何かを区別し、心理的な性別を認めない=差別するような行いや発想は許されるべきではありません。
しかし、スポーツの舞台においては心理的な性別ではなく、生物学的な性別によって種目を分けなくてはなりません。
性的少数者ではありませんが…プロゴルフ男子ツアーに参戦したアニカ・ソレンタムに神々しいまでの矜持を感じ、声援を送った人は多かったはずです。
フロイド・メイウェザーを挑発したロンダ・ラウジーの強気の跳ねっ返りには、茶番劇だと切り捨てるには惜しい純情が垣間見えました。
ゲンナディ・ゴロフキンと互角に戦えると豪語したクラレッサ・シールズ、本気の発言ではないでしょうが、もっと注目を浴びたいという栄光への剥き出しの渇望は共感出来ます。
彼女たちの挑戦(的発言)は悪いもんじゃありません。
…ゴルフや格闘技と、タイムで表されてしまう陸上競技を同列にするのは適当ではないかもしれませんが、セメンヤも男子種目で戦えばいいのに…。
そう考えるのは簡単です。
「生物学的な男性が女性として競技に参加することは、生物学的な女性に対してあまりに不公平で、競技によっては〝彼女たち〟が不要の危険に曝されてしまう」という非難にも一理あります。
しかし、セメンヤの気持ちも想像することは出来ます。
彼女は「自分は女性だから女性と戦いたい」というよりも「自分は女性だから女性として戦いたい」と切実に思っているのでしょう。
「IAAFは私をモルモットのように扱った末に排除した」。彼女の怒りも理解できます。
恐らく受け入れがたいほどの屈辱に耐えながら、体の中も外も精密に調べる身体検査に応じてきたのも、自分の主張に正義があるという信念と、競技を愛するがゆえでしょう。
セメンヤに向かって「そんな心と体に生まれた自分を恨め」と吐くのではあまりにも切な過ぎます。救いようもなく悲しいだけです。

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