1988年8月12日、イングランドはランカシャーでタイソン・フューリーが誕生した。

しかし、その赤ん坊は産まれ落ちても泣き声を上げなかった。

出産を見守った家族も医師も看護婦も、そのあまりに小さな赤ん坊を見て言葉を失った。

2ヶ月半の早産で体重はわずか1ポンド、453グラムしかなかったのだ。

息を吹きかけただけでも、どこかへ飛んで行ってしまうくらいに悲しいほど小さくて華奢な未熟児だった。

医師から「残念だがこの子はすぐに天国に招かれる」と告げられた父親のジョンは、すでに2人の娘を早産で亡くしていた。

ジョンは「この子まで失うなんて耐えられない」と拳で病室の壁を叩くと「この子は強くなる。死なないぞ。死なせてたまるか!そうだ、タイソンだ!こいつの名前はタイソンに決めた!」と当時、鬼神の勢いで世界ヘビー級を席巻していたチャンピオンの名前をその場で授けた。

「タイソン…死ぬな…」。俯いて泣きむせぶジョンの肩を医師はそっと撫でながら「そいつは素晴らしい名前だ」と静かに笑うと、ガラス張りの小さな保育室のなかに横たわる枯葉のように儚い小さな新生児に預言者のように囁きかけた。

「神よ、タイソン・フューリーを立ち上がらせ給え。今は1ポンドでも、将来250倍、250ポンドの最強の巨人に育て給え」。

…奇跡のおまじないなど、この世にあってたまるか。

しかし、なんということか…。

虚弱な未熟児タイソンは死んでしまうどころか、預言通りに最強の巨人になった。

しかし、預言は一つだけ外れた。

タイソン・フューリーは250ポンドを大きくオーバーして最大400ポンド以上まで膨れ上がったからだ。

そして「運命」は、その言葉を言い換えるなら「神」はいつも必ず残酷な存在である。

だから…強大な肉体と引き換えに、タイソンの心の中に一服の毒を垂らすことを、神は忘れなかった…。まるで「これで差し引きゼロだ」と言わんばかりに。

 
Tyson Fury was born two and a half months premature and weighed just one pound. 

"The doctors told me there was not much chance of him living, and I had lost two daughters in the same way who had been born prematurely," said John Fury,


タイソンが産まれたアイルランドのジプシー、アイリッシュ・トラベラーのフューリー家は〝ボクシング〟ファミリーだ。

「ボクシング」をカッコ付きにしたのは、それが誰もが思い浮かべるクイーンズベリールールの近代ボクシングとは限らないからだ。

父親の〝ジプシー〟ジョン、叔父のヒューとピーター、従兄弟のフィルとヒューイは全員がプロボクサー。

そして、タイソンも含めたフューリー家の拳闘家は皆ベアナックルの試合にも精通していた。

(フューリーは元ミドル級王者アンディ・リーとホーシア・バートン、ザック・バートンとも親戚関係にある)。

ベアナックル!

神秘のヴェールで覆われたフューリーの一族の謎を解く鍵の一つが、ベアナックルであることは容易に想像出来るだろう。

アップライトというにはあまりにも後ろに反り返ったようにして裸の拳を構えるジョン・L・サリバンの肖像は、ボクシングファンの誰もが見たことがあるはずだ。

サリバンはアイルランド移民の二世。アイリッシュ・トラベラーではないとされるが、最後のベアナックラーで伝説と呼ぶにはあまりにも神話的な存在だ。
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このスタイルを見て、あなたはきっと思うはずだ。「フットワーウもジャブも使えそうにない原始時代のスタイル。現代ではとても通用しない」。

本気でそう思うなら、タイソンの父親〝ジプシー〟ジョンに確かめてみるがいい。「サリバンは弱いですよね?」と。
John-Fury
彼らはジプシー。永遠のトラベラー。サーカスライフを楽しむ一族だ。だから、⬆︎こんな写真も真に受けてはならない。左は父親のジョン(身長191㎝)、右がタイソン(206㎝)…カメラアングルやタイソンが椅子に深く腰掛ける、ジョンが何枚も厚着する…トリックアートなんていくらでもできる。

「タイソンは予言通りに巨人になったが20歳で成長は止まっちまった。でも父親の私は55歳になるというのにまだ背が伸びて息子を追い抜いちまった。子供が親の背丈を抜くのはよくある話だが、フューリー家ではその反対のことが起きることもあるんだ」。

そういうこともあるだろう。だって彼らはアイリッシュトラベラー、21世紀になっても息を吸うようにベアナックルで戦うフューリーファミリーなんだから…。


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…ベアナックルは、試合後に綺麗な顔で互いの健闘を讃え合う今のタッチボクシングとは正反対のスポーツだ。

いや、正確にはスポーツではない。決闘だ。本当はボクシング= BOXINGとは決闘だったのだが、どこかで道を誤ってしまったのだ。 

サリバン先生が弱い?

あなた、今、そう言ったの?私の耳には確かにそう聞こえたけど?

…あれ?どうしてそんなに怖気付いちゃうんだい?

そんなに恐怖しないでくれよ、私はあなたと同じ善良な市民なんだから…。

あ?もしかしたら、私が酒場でサリバン先生を侮辱して、ベアナックルは弱いと言い放った男を裸の拳で叩きのめして目玉をえぐり取った話を誰かから聞いたのかな?

あの男は、私がせっかく優しく説明してあげても「あんな構えで強いわけがない」と言い張るから。

あの構えが弱く見えるなんて目玉の病気に違いないから、私が取り出して検査してあげたんだよ。

ちゃんと見えるように治してあげてまた元どおりにはめ込んであげようとしたところに、警官隊が踏み込んで来たんだ。 

え?さっき「サリバン先生が弱い」と言ったのは間違いだったって?

サリバン先生は強い?あの構えは天下無敵だ?

おいおい、どうして急に自分の意見を曲げちゃうんだ?

わざわざ説明してあげたのに物分かりの悪い野郎も大嫌いだけど、こっちの説明も聞かずにわかったフリする輩はもっと許せねぇタチなんだ、私は。

え?サリバン先生の偉大な話を是非お聞かせ下さい? 

しょうがないな。私も暇じゃないんだが…面倒くさいけど、そこまで頭を下げられたら仕方がない。どうしてもっていうなら聞かせてやろうじゃないか。