来るべき土曜日の夜、ニューヨークのホテルの一室でファーヤル・マクドームはマットに膝をついて祈りを捧げているだろう。
二人の子供の母親で27歳の彼女のインスタグラムは、86万8000人にフォローされている。
彼女は、その戦いが終わるまでアラーの神に祈り続けるのだ。
夫の挑戦が無事に終わる、そのときまで。
2004年アテネ五輪。パキスタン移民の子、アミール・カーンは英国史上最年少17歳でメダルを勝ち取った。
アテネから帰還したカーンに待ってたのは、熱狂的な大歓迎だった。
五輪に行く前と、帰国後は全く違う人生が待っていた。
「裏通りを選んで歩いても携帯やカメラを向けられた。走り出すと子供達が私の後を追いかけてくる。表通りに出ようものなら、そこらじゅうの車が応援のクラクションを鳴らしてくれる」。
エキゾチックなハンサムボーイが魅せたスピードに乗ったスタイリッシュな五輪の試合は、BBCが生中継し800万人以上の世帯が彼に声援を送ったのだから、英国屈指の人気者になったのは当たり前の話だった。
五輪の翌年にプロ転向、伝説のマルコ・アントニオ・バレラを倒した。
アンドレアス・コテルニクに勝利し最初の世界タイトルを手にいれた(ジュニアウェルター級のWBAバージョン)。
マルコス・マイダナ、ポール・マリナッジ、ザブ・ジュダー、デボン・アレキサンダーらビッグネームに勝利する一方で、伏兵ブレイディス・プレスコットにまさかの初回KO負け、ラモント・ピーターソンに敗れた試合は不運だったが、ダニー・ガルシアに番狂わせを起こされ、キャリア初のアンダードッグで挑んだカネロ・アルバレス戦は予想通りに壮絶なKO負けに散った。
スーパースターになるはずのカーンに、神様は大きな欠点を与えた。
ガラスの顎だ。
しかし、カーンはその顎を守ることをしなかった。
「英国にとどまっていればより大きな報酬と、自分に有利な条件で米国のビッグネームを呼ぶことも出来た。でもそのやり方ではメイウェザーもパッキャオも手に入れることは出来ない。今では二人と戦うことは叶わないかもしれないが、一番と戦いたい、その思いはずっと変わらない」。
「とにかく一番上の相手と戦いたいんだ。カネロとやると言ったとき、誰もが止めたが勝つ自信があったし、あの結果も受け入れる。私が大きなミスを犯してしまったから負けたが、後悔はしていない」。
「今回もみんながクロフォードはヤバいと忠告するけど、確固たる自信があるんだ。そして、今度こそミスは犯さない」。
「(よりボクシングが尊敬され報酬も約束されている)英国を離れて戦う理由は一つしかない。一番が米国にいるからだ。私がヘビー級のボクサーなら、アンソニー・ジョシュアとタイソン・フューリーがいる英国を離れる理由はなかったかもしれない。しかし、ウェルター級の中心は間違いなく米国なんだ。そこにクロフォードが立っているなら、倒すだけだ」。
カーンはマクドームとの結婚式を2度挙げた。
最初にニューヨークのウォルドルフ・アストリアで、次に故郷ボルトンで。この順番こそが彼の決意表明かもしれない。
22歳の時に結婚したマクドームは、結婚式の翌日のことをはっきりと覚えている。
「朝起きるとSNSに何百万ものお祝いのメッセージが届けられてたの。たった1日で何もかも変わったわ」。
ニューヨークの厳格なムスリム家庭に育った少女が、これまた保守的なボルトンに嫁いだ。
「カルチャーショックだったけど、家庭も仕事も一生懸命に取り組んだ」。
ビューティアドバイザーとしての才能を発揮、自分の化粧品ブランドも立ち上げた。結婚から1年経つと子宝にも恵まれた。
最初の子供は2歳の誕生日にサッカースタジアムで盛大なパーティーが開催された。ディズニーの王女さまとバレリーナもお祝いに駆けつけた。
しかし、裕福な生活と幸せな家庭ではカーンを満足させることは出来なかった。
「カネロに負けた時は『それ見たことか』と笑われたが、そんなの平気さ。大きなチャンスは、大きな危険と隣り合わせだ。あの試合で去っていった〝友達〟はたくさんいる。ボクサーは誰でもそうだろう、負けたら〝友達〟が減るし、勝ったら増える。〝家族〟が増えることもある。五輪で銀メダルを獲ったときもあちこちから知らない〝叔父さん〟〝叔母さん〟がやって来たよ」。
アルバレスに敗れた7ヶ月後、カーンはマクドームがジョシュアと浮気しているとSNSに投稿すると、マクドームも「浮気ばかりしてるのは夫の方だ」と応酬。
二人のやりとりは、世界で最も獰猛な英国ゴシップメディアの格好の餌食になった。
〝英国の誇り〟がスキャンダルにまみれるーーこれ以上ないゴシップネタにカーンのイメージは地に堕ちた。
しかし、カーンは嫉妬心を煽る嘘の情報に踊らせれていたこと、マクドームがジョシュアと現実にもネット上でも一度も会ったことがないことを突き止めた。
二人は和解し、サウジアラビアのメッカに夫婦として巡礼もした。
五輪で銀メダルを獲って、カーンの人生は変わった。
カーンと結婚してマクドームの人生も一変した。
短い時間で、本当に短い時間で人生が大きく転換することがある。
「メイウェザーとパッキャオが持っているものが欲しかった、欲しくてたまらなかった。そう思わないボクサーはグローブを外すべきだ。今、それを持っているのはクロフォードだ」。
「近い将来、私はこう話しているはずだ。クロフォードとの試合で私のボクシング人生が変わったと」。
*********
敬虔なムスリムで、パキスタンや中東を度々訪れているカーンのパスポートは米国の空港を簡単に通過させてもらえません。
「私はアミール・カーン。ボクシングの世界王者でタイトルマッチのために米国に来たんだ」。
どんなに説明しても、空港で4時間近くも足止めされることもあります。
「グリーンカードを取得したらいいのに」「キリスト教に改宗したら、そんな面倒には巻き込まれないのに」…。
そんな無責任な助言にカーンは「グリーンカードを取得したり、改宗したりするなんて考えられない。そんなことをしたら、私が私でなくなる」とよどみなく答えています。
そんな言葉は「メイウェザーやパッキャオになれるわけがない」「大きなカネロと戦うなんて自殺行為だ」「クロフォードに勝てるわけがないからやめろ」というのと同じです。
周囲が不可能と思う夢に立ち向かうアスリートは、例外なく儚く美しいものです。
そのスポーツがボクシングとなると、その儚さはさらに際立ちます。
夢が砕け散るその音が、他のどんなスポーツよりも大きく残酷に響くからです。
そして、そのシーンを大番狂わせ以上に期待しているのがボクシングファンです。
クロフォードとカーン。二人とも最高のコンディションで100%を出し切って、悔いのない戦いを見せて下さい。
二人の子供の母親で27歳の彼女のインスタグラムは、86万8000人にフォローされている。
彼女は、その戦いが終わるまでアラーの神に祈り続けるのだ。
夫の挑戦が無事に終わる、そのときまで。
アテネから帰還したカーンに待ってたのは、熱狂的な大歓迎だった。
五輪に行く前と、帰国後は全く違う人生が待っていた。
「裏通りを選んで歩いても携帯やカメラを向けられた。走り出すと子供達が私の後を追いかけてくる。表通りに出ようものなら、そこらじゅうの車が応援のクラクションを鳴らしてくれる」。
エキゾチックなハンサムボーイが魅せたスピードに乗ったスタイリッシュな五輪の試合は、BBCが生中継し800万人以上の世帯が彼に声援を送ったのだから、英国屈指の人気者になったのは当たり前の話だった。
五輪の翌年にプロ転向、伝説のマルコ・アントニオ・バレラを倒した。
アンドレアス・コテルニクに勝利し最初の世界タイトルを手にいれた(ジュニアウェルター級のWBAバージョン)。
マルコス・マイダナ、ポール・マリナッジ、ザブ・ジュダー、デボン・アレキサンダーらビッグネームに勝利する一方で、伏兵ブレイディス・プレスコットにまさかの初回KO負け、ラモント・ピーターソンに敗れた試合は不運だったが、ダニー・ガルシアに番狂わせを起こされ、キャリア初のアンダードッグで挑んだカネロ・アルバレス戦は予想通りに壮絶なKO負けに散った。
スーパースターになるはずのカーンに、神様は大きな欠点を与えた。
ガラスの顎だ。
しかし、カーンはその顎を守ることをしなかった。
「英国にとどまっていればより大きな報酬と、自分に有利な条件で米国のビッグネームを呼ぶことも出来た。でもそのやり方ではメイウェザーもパッキャオも手に入れることは出来ない。今では二人と戦うことは叶わないかもしれないが、一番と戦いたい、その思いはずっと変わらない」。
「とにかく一番上の相手と戦いたいんだ。カネロとやると言ったとき、誰もが止めたが勝つ自信があったし、あの結果も受け入れる。私が大きなミスを犯してしまったから負けたが、後悔はしていない」。
「今回もみんながクロフォードはヤバいと忠告するけど、確固たる自信があるんだ。そして、今度こそミスは犯さない」。
「(よりボクシングが尊敬され報酬も約束されている)英国を離れて戦う理由は一つしかない。一番が米国にいるからだ。私がヘビー級のボクサーなら、アンソニー・ジョシュアとタイソン・フューリーがいる英国を離れる理由はなかったかもしれない。しかし、ウェルター級の中心は間違いなく米国なんだ。そこにクロフォードが立っているなら、倒すだけだ」。
カーンはマクドームとの結婚式を2度挙げた。
最初にニューヨークのウォルドルフ・アストリアで、次に故郷ボルトンで。この順番こそが彼の決意表明かもしれない。
22歳の時に結婚したマクドームは、結婚式の翌日のことをはっきりと覚えている。
「朝起きるとSNSに何百万ものお祝いのメッセージが届けられてたの。たった1日で何もかも変わったわ」。
ニューヨークの厳格なムスリム家庭に育った少女が、これまた保守的なボルトンに嫁いだ。
「カルチャーショックだったけど、家庭も仕事も一生懸命に取り組んだ」。
ビューティアドバイザーとしての才能を発揮、自分の化粧品ブランドも立ち上げた。結婚から1年経つと子宝にも恵まれた。
最初の子供は2歳の誕生日にサッカースタジアムで盛大なパーティーが開催された。ディズニーの王女さまとバレリーナもお祝いに駆けつけた。
しかし、裕福な生活と幸せな家庭ではカーンを満足させることは出来なかった。
「世界最高のボクサーになりたいんだ。世の中には、大きなチャンスを怖がるボクサーが掃いて捨てるほどいるけど、私は違う。大きなチャンスが欲しい」。"I always wanted the opportunity to fight for that pound-for-pound title. ... There's a lot of fighters out there who are scared of taking the big fights. I'm not one of them."
「カネロに負けた時は『それ見たことか』と笑われたが、そんなの平気さ。大きなチャンスは、大きな危険と隣り合わせだ。あの試合で去っていった〝友達〟はたくさんいる。ボクサーは誰でもそうだろう、負けたら〝友達〟が減るし、勝ったら増える。〝家族〟が増えることもある。五輪で銀メダルを獲ったときもあちこちから知らない〝叔父さん〟〝叔母さん〟がやって来たよ」。
アルバレスに敗れた7ヶ月後、カーンはマクドームがジョシュアと浮気しているとSNSに投稿すると、マクドームも「浮気ばかりしてるのは夫の方だ」と応酬。
二人のやりとりは、世界で最も獰猛な英国ゴシップメディアの格好の餌食になった。
〝英国の誇り〟がスキャンダルにまみれるーーこれ以上ないゴシップネタにカーンのイメージは地に堕ちた。
しかし、カーンは嫉妬心を煽る嘘の情報に踊らせれていたこと、マクドームがジョシュアと現実にもネット上でも一度も会ったことがないことを突き止めた。
二人は和解し、サウジアラビアのメッカに夫婦として巡礼もした。
五輪で銀メダルを獲って、カーンの人生は変わった。
カーンと結婚してマクドームの人生も一変した。
短い時間で、本当に短い時間で人生が大きく転換することがある。
「メイウェザーとパッキャオが持っているものが欲しかった、欲しくてたまらなかった。そう思わないボクサーはグローブを外すべきだ。今、それを持っているのはクロフォードだ」。
「近い将来、私はこう話しているはずだ。クロフォードとの試合で私のボクシング人生が変わったと」。
*********
敬虔なムスリムで、パキスタンや中東を度々訪れているカーンのパスポートは米国の空港を簡単に通過させてもらえません。
「私はアミール・カーン。ボクシングの世界王者でタイトルマッチのために米国に来たんだ」。
どんなに説明しても、空港で4時間近くも足止めされることもあります。
「グリーンカードを取得したらいいのに」「キリスト教に改宗したら、そんな面倒には巻き込まれないのに」…。
そんな無責任な助言にカーンは「グリーンカードを取得したり、改宗したりするなんて考えられない。そんなことをしたら、私が私でなくなる」とよどみなく答えています。
そんな言葉は「メイウェザーやパッキャオになれるわけがない」「大きなカネロと戦うなんて自殺行為だ」「クロフォードに勝てるわけがないからやめろ」というのと同じです。
周囲が不可能と思う夢に立ち向かうアスリートは、例外なく儚く美しいものです。
そのスポーツがボクシングとなると、その儚さはさらに際立ちます。
夢が砕け散るその音が、他のどんなスポーツよりも大きく残酷に響くからです。
そして、そのシーンを大番狂わせ以上に期待しているのがボクシングファンです。
クロフォードとカーン。二人とも最高のコンディションで100%を出し切って、悔いのない戦いを見せて下さい。
![i[6]](https://livedoor.blogimg.jp/tanuki_street/imgs/f/b/fb804da0-s.jpg)
コメント
コメント一覧 (2)
いつもブログ毎日拝見しております。
この記事はホロリと来てしまいました!
今後も独特の視点でのブログ楽しみにしております!
フシ穴の眼
が
しました