ベネズエラのマドュロ大統領の命令で、軍が国境にかかる橋を大型タンクローリーを横付けにするなどして封鎖しています。

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【AP通信:大型タンクローリーやコンテナで封鎖されたベネズエラ・コロンビア国境にかかる橋】

米国や英仏などが支持するグアイド暫定大統領ら野党勢力が求める食料や医薬品、生活物資など人道支援物資の搬入を妨害するのが目的です。

「ベネズエラに乞食はいない」と物資搬入を拒否する大統領と、「30万人以上の国民が食料や医薬品の不足で死の危険に瀕している」と主張する暫定大統領。

二人が大統領を名乗る異常事態は、プロボクシングの世界を連想してしまいますが、スポーツの話ではありません。

多くの人が不条理な政治のせいで、生命の危険に晒されているのです。

世界一の石油埋蔵量を誇る資源大国が何たるザマか!

ベネズエラのボクサーが海外に拠点を移すのも当然です。



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バレロの疾走〜全ての試合を180秒以内で終わらせる21歳〜

2003年カルフォルニア・バノンのジムでトレーニングする、まだ21歳だったエドウィン・バレロを見たダグ・フィッシャー(現リング誌編集長)は大きな衝撃を受けた。

「縄跳びから、スピードバッグとヘビーバッグを叩き、シャドウで虚空に拳を打ち込む彼から立ち昇る殺気は、他のボクサーとは明らかに異質のものだった」。

フィッシャーは、この殺気のオーラにたちまち引き込まれてしまいます。

「そしてスパーリングが始まった。二人のライト級の強豪を向こうに回して、21歳のジュニアフェザー級が圧倒したんだよ。それは、常識なら圧倒できるはずがない相手だったんだ」。

二人のうち一人は、なんとファン・ラズカノ。その年の9月にスティーブ・ジョンストンをストップするエリートファイターだった。


バレロは未来の世界王者と期待された。まだプロで戦ったのは、わずか8ラウンドだけだというのに。

しかし…キャリアは8試合を数えていた。

そう。つまり、全ての試合を1ラウンド終了のゴングが鳴る前に片付けていたのだ。



米国上陸の第1戦は、2003年7月19日カリフォルニア州メイウッド、アクティビティセンター。vsエマニュエル・フォード。

その翌月はvsローク・カシアニ。

どちらも雑魚中の雑魚だったが、やはり3分以内で試合を終わらせた。

2003年が終わったとき、その戦績は12戦全勝12KOに伸びていた。しかもその全てが1ラウンドKOというオマケ付きで。

この若きファイターにHBOが契約を持ちかけた。なんという幸運!

HBOからしたら即決で派手なKOを見せてくれるバレロは、放送時間が計算できる便利な前座ボクサーに映ったのだった。

それでも、前座要員であろうともHBO(全米生中継)の舞台は、米国ボクサーの大きな目標であることに変わりはない。

21歳のバレロは、わずか12戦でそのスターダムの入り口に立ったのだ。

もちろん、そんな若者は掃いて捨てるほどいた。そして、その多くが星ではなく塵屑となって散っていった。


バレロの未来も何一つ約束はされていない。


実際に全勝の対戦相手は、見事なまでに雑魚ばかり。

さらに、アゴがあがり、口が開きっぱなしでガードもルース、パンチは大ぶりで遠回りしてくる…と数え切れない欠陥を抱えたスタイルは、打たれたときにはひとたまりもないと見られていた。

しかし、それは「ハードパンチと打たれ弱さが同居する面白いファイターになれる」というHBOの読みでもあった。

バレロでなくとも、無敗の若いボクサーの未来は不確実で、その全てのケースで敗北を何度も経験してキャリアを閉じることになる。

ただ、HBOと契約できれば確実なことが一つだけある。

チャンスが与えられるということだ。

チャンスをものにしたら、次にはもっと大きなチャンス、つまり強敵が用意される。それもクリアしたらさらなる強敵が…それはどんどん増えるファイトマネーを意味する。

それがアメリカだ。

ときは、2003年である。

マニー・パッキャオが次々とそんなチャンスをモノにして、ついにHBO最上位のボクシング番組でメインイベントに登場、マルコ・アントニオ・バレラを粉砕した、あの2003年だ。

早くも「ネクスト・パッキャオ」の1人と、米国でセンセーションを巻き起こす予備軍としてバレロは注目を集めるようになっていた。


2004年は、バレロにとって最初の勝負の年になるはずだったが…。