デオンティ・ワイルダーvsタイソン・ヒューリー。
試合まであと約1時間!
欠陥を補って余りある長所を持つ巨人の激突は、試合前から二人がトラッシュトークと確執パフォーマンスを繰り広げて盛り上げてくれました。
プロスポーツである限り、世間の注目を集めるために、試合を煽るのは当然です。
ボクシングの場合、スポンサーが付きにくい事情がありますから尚更です。
特に、PPVで生中継されるビッグファイトでは、50ドル前後の高額の視聴料の支払い状況が歩合収入に跳ね返ってくるのですから、煽りは必須です。
やっぱり、全部書ききれませんでした…続きはまたの機会に。
試合まであと約1時間!
欠陥を補って余りある長所を持つ巨人の激突は、試合前から二人がトラッシュトークと確執パフォーマンスを繰り広げて盛り上げてくれました。
プロスポーツである限り、世間の注目を集めるために、試合を煽るのは当然です。
ボクシングの場合、スポンサーが付きにくい事情がありますから尚更です。
特に、PPVで生中継されるビッグファイトでは、50ドル前後の高額の視聴料の支払い状況が歩合収入に跳ね返ってくるのですから、煽りは必須です。
試合前はテレビ局がプロモーションビデオを制作、二人のボクサーが全米の都市をサーキットして宣伝活動を行うのが常です。
昨年のメイウェザーvsマクレガーはこの宣伝ツアーを大々的に行い、各地で巨大なお祭りのようなイベントを実施、派手なパフォーマンスとトラッシュトークを満載して、試合を盛り上げました。
宣伝活動に費やす時間がなく、また宣伝しなくても売れることが見えていたため、宣伝ツアーを行わなかったメイウェザーvsパッキャオの例がありますが、あれは例外中の例外です。
この、試合までの〝宣伝工作活動〟で卓越した手腕を見せているのがメイウェザーです。
メイウェザーから、モハメド・アリ、そしてゴージャス・ジョージ、セルフプロデュースの天才のパフォーマンスを辿ります…絶対、この1時間じゃ、書ききれない気がしますが…。
毎回、被りモノを付けてリングインまでパフォーマンスを続けるワイルダー。
大蛇を首に巻きつけて花道を闊歩するドニー・ニエテス。
死刑執行人やエイリアンの格好でリングに向かったバーナード・ホプキンス。
愛犬ペロを引き連れるアルフレド・アングロ。
キングコングの着ぐるみに入って会場を盛り上げたジョゼフ・アグベコ。
…好きでやってる風な御仁も、いらっしゃいますが、涙ぐましいまでの努力を重ねる彼らの姿には頭が下がります。
しかし、メイウェザーは被りモノも着ぐるみも使いません。紙幣をばら撒くパフォーマンスはちょくちょくやりますが。
めったに本音を吐かないメイウェザーですが「パフォーマンスはリアリティが伴わなければならない」と発言したことがあります。
被りモノや着ぐるみ、そういった大道具小道具は、使えば使うほどリアリティから遠ざかり、それらは宣伝〝工作〟ではなく、見え透いたファンサービスになるというのです。
メイウェザーは、アトランタ五輪で銅メダル獲得後にトップランクからプロデビュー。
「シュガー・レイ・レナードの後継者」を名乗ったメイウェザーには、プリティボーイの愛称が与えられ善玉コースの線路が敷かれます。
1996年にロバート・アポダカを迎えたデビュー戦は、2ラウンドTKOで仕事を終わらせますが、そのファイトマネーはわずか2500ドル、30万円足らずでした。
村田諒太が聞けば「嘘でしょ?桁が二つは違うでしょ?」と腰を抜かすような薄給です。
ちなみにレナードのデビュー戦はスポンサー収入込みで5万ドル、当時のレートで1000万円を優に超える破格の待遇でした。
それでも、メイウェザーの驚異のスピードとスリル溢れるスタイルは、あっという間にメディアから高い評価を集めます。
しかし、ファンの人気は伴いません。
与えられた線路を忠実に走り、メダリストとしてプロテクトされていることにファンが嫌気をおぼえていることに気づいたメイウェザーは、強豪との対戦、危険なマッチメイクをボブ・アラムに訴えます。
そして、1998年10月3日。ラスベガス・ヒルトンでWBCジュニアライト級王者ヘナロ・エルナンデスに挑戦するのです。
オッズは3−2で21歳の五輪メダリストを支持していましたが、専門家予想は「エルナンデスの経験が僅差の判定をものにする」という見方もあり、真っ二つ。
しかし、試合はワンサイドゲームに。百戦錬磨のエルナンデスをスピードとテクニック、パワーで圧倒、32歳の王者は9ラウンド開始ゴングに応じることが出来ませんでした。
過保護のメダリストでないことを世界に示したメイウェザーでしたが、この試合の報酬は13万7000ドル、当時のレートで約1850万円。
世界初挑戦で1クローズドサーキットの歩合収入を加えて150万ドル、3億円以上手にしたレナードとは、時代の為替を考慮すると10倍どころではない絶望的に格差のある金額でした。
勘の良いメイウェザーは、この時点で気づきます。
「このまま、まともにやってたら、レナードの足元にも及ばない」。
「アラムがネコババしてるカネを加えても大した金額にならない。面白い試合、冒険的な試合を見せてもビッグマネーは稼げない」。
しかし、だからといって、どうしていいかは、メイウェザーを持ってしても、当時はまだわかりませんでした。
アリやレナードの時代など見る影もなく、米国ボクシング市場は衰退の一途を辿っていたのです。
このあと、メイウェザーがボクシング史上、いいえマーケティング史上で稀に見る逆転の発想から奇跡の成功を収めるとは、この当時誰も予想だにできませんでした。
「試合内容はどんどんつまらなくなるのに、報酬は爆発的に増大する」。
企業で例えると「品質は落としてるのに売上げと利益は飛躍的に伸長する」という、本来なら絶対ありえない奇跡を、メイウェザーはコペルニクス的転回で、引き起こしたのです。
昨年のメイウェザーvsマクレガーはこの宣伝ツアーを大々的に行い、各地で巨大なお祭りのようなイベントを実施、派手なパフォーマンスとトラッシュトークを満載して、試合を盛り上げました。
宣伝活動に費やす時間がなく、また宣伝しなくても売れることが見えていたため、宣伝ツアーを行わなかったメイウェザーvsパッキャオの例がありますが、あれは例外中の例外です。
この、試合までの〝宣伝工作活動〟で卓越した手腕を見せているのがメイウェザーです。
メイウェザーから、モハメド・アリ、そしてゴージャス・ジョージ、セルフプロデュースの天才のパフォーマンスを辿ります…絶対、この1時間じゃ、書ききれない気がしますが…。
毎回、被りモノを付けてリングインまでパフォーマンスを続けるワイルダー。
大蛇を首に巻きつけて花道を闊歩するドニー・ニエテス。
死刑執行人やエイリアンの格好でリングに向かったバーナード・ホプキンス。
愛犬ペロを引き連れるアルフレド・アングロ。
キングコングの着ぐるみに入って会場を盛り上げたジョゼフ・アグベコ。
…好きでやってる風な御仁も、いらっしゃいますが、涙ぐましいまでの努力を重ねる彼らの姿には頭が下がります。
しかし、メイウェザーは被りモノも着ぐるみも使いません。紙幣をばら撒くパフォーマンスはちょくちょくやりますが。
めったに本音を吐かないメイウェザーですが「パフォーマンスはリアリティが伴わなければならない」と発言したことがあります。
被りモノや着ぐるみ、そういった大道具小道具は、使えば使うほどリアリティから遠ざかり、それらは宣伝〝工作〟ではなく、見え透いたファンサービスになるというのです。
メイウェザーは、アトランタ五輪で銅メダル獲得後にトップランクからプロデビュー。
「シュガー・レイ・レナードの後継者」を名乗ったメイウェザーには、プリティボーイの愛称が与えられ善玉コースの線路が敷かれます。
1996年にロバート・アポダカを迎えたデビュー戦は、2ラウンドTKOで仕事を終わらせますが、そのファイトマネーはわずか2500ドル、30万円足らずでした。
村田諒太が聞けば「嘘でしょ?桁が二つは違うでしょ?」と腰を抜かすような薄給です。
ちなみにレナードのデビュー戦はスポンサー収入込みで5万ドル、当時のレートで1000万円を優に超える破格の待遇でした。
それでも、メイウェザーの驚異のスピードとスリル溢れるスタイルは、あっという間にメディアから高い評価を集めます。
しかし、ファンの人気は伴いません。
与えられた線路を忠実に走り、メダリストとしてプロテクトされていることにファンが嫌気をおぼえていることに気づいたメイウェザーは、強豪との対戦、危険なマッチメイクをボブ・アラムに訴えます。
そして、1998年10月3日。ラスベガス・ヒルトンでWBCジュニアライト級王者ヘナロ・エルナンデスに挑戦するのです。
オッズは3−2で21歳の五輪メダリストを支持していましたが、専門家予想は「エルナンデスの経験が僅差の判定をものにする」という見方もあり、真っ二つ。
しかし、試合はワンサイドゲームに。百戦錬磨のエルナンデスをスピードとテクニック、パワーで圧倒、32歳の王者は9ラウンド開始ゴングに応じることが出来ませんでした。
過保護のメダリストでないことを世界に示したメイウェザーでしたが、この試合の報酬は13万7000ドル、当時のレートで約1850万円。
世界初挑戦で1クローズドサーキットの歩合収入を加えて150万ドル、3億円以上手にしたレナードとは、時代の為替を考慮すると10倍どころではない絶望的に格差のある金額でした。
勘の良いメイウェザーは、この時点で気づきます。
「このまま、まともにやってたら、レナードの足元にも及ばない」。
「アラムがネコババしてるカネを加えても大した金額にならない。面白い試合、冒険的な試合を見せてもビッグマネーは稼げない」。
しかし、だからといって、どうしていいかは、メイウェザーを持ってしても、当時はまだわかりませんでした。
アリやレナードの時代など見る影もなく、米国ボクシング市場は衰退の一途を辿っていたのです。
このあと、メイウェザーがボクシング史上、いいえマーケティング史上で稀に見る逆転の発想から奇跡の成功を収めるとは、この当時誰も予想だにできませんでした。
「メイウェザーは史上最高のセルフプロデューサーである」。「メイウェザーの最も偉大な才能はボクシングではない。試合を売るセールスマンとしての才能だ」。
「試合内容はどんどんつまらなくなるのに、報酬は爆発的に増大する」。
企業で例えると「品質は落としてるのに売上げと利益は飛躍的に伸長する」という、本来なら絶対ありえない奇跡を、メイウェザーはコペルニクス的転回で、引き起こしたのです。
やっぱり、全部書ききれませんでした…続きはまたの機会に。

コメント
コメント一覧 (1)
ちょっと貰いすぎな気はしますが。
次回も楽しみにしています。
フシ穴の眼
が
しました