プロスポーツはビジネスです。純粋な実力よりも人気が優先される世界です。

それでもサッカーも野球も試合はホーム&アウェーで公平に開催されます。

テニスの四大大会は経済的に豊かな国に偏っていますが、それは毎年固定されている会場であり、人気選手がいきなり決勝戦に登場なんて理不尽なことはありえません。

もはやアマチュアとはみなすことのできない五輪の開催地も莫大なカネで招致されてきましたが、金持ち国家も極貧国家の代表も全く同じ条件で予選のスタートラインに着いて決勝の舞台を目指します。

しかし、ボクシングは違います。このスポーツは経済力の磁場で、開催地も開催日程もリングの大きさも、そして絶対にあってはいけないことですが時には勝者まで決められているように見えることすらあります。
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「カネロ・アルバレスと戦うということは、少なくとも5人の相手と戦うということだ。カネロと主審、ジャッジの3人だ。最強の敵はリングにいない3人だ」(アベル・サンチェス)。

日本のボクシングファンのような「第三者の立場」からはカネロウェイト155ポンドでミドル級タイトルを争い、判定は必ず有利に働き、ドーピングまでするボクサーを応援する感覚が理解できませんが、メキシコ系ヒスパニックの間では、その人気は宗教の域に達しています。

昨年のフォーブス世界スポーツ長者番付でもアンソニー・ジョシュア(25位:3900万ドル)を上回る15位(4450万ドル)を稼いだカネロは人気と実力・実績のギャップが最も大きいボクサーです。


ボクシングは、世界最大の経済大国アメリカで愛されて、ほぼ全てのビッグファイトがその地で開催されてきました。正確に言うとヘビー級を頂点にウェルター級以上の「ボクシングの一部階級」がアメリカで愛されてきました。

しかし、アメリカの経済と嗜好に大きな変化が起きます。2008年のリーマンショックで国内経済が致命的な大打撃を受け、さらにはイギリスでまさかのボクシングブームが沸騰、アメリカの誇りであったはずのヘビー級はスーパーミドル、ライトヘビー、クルーザーの重量級三役と共にイギリスとヨーロッパにもぎとられ、中量級だけが残されました。

この世界の潮流に日本も無縁ではいられません。

1970年代まで、アメリカの興味はやはりライトからヘビー級の中重量級でしたが、ジュニア階級への蔑視は日本以上で、ジュニアウェルターやジュニアミドルという彼らが無視した残飯階級は日本にとってはご馳走でした。

酷い表現で気分を害される方もいるかもしれませんが、それこそが真実なのです。階級に貴賎はないなんて綺麗事は、これがスポーツであるからこそ口にしてはいけません。

ジュニアミドルやジュニアウェルターは純粋階級では通用しない弱い選手が食い散らかしている残飯だったのです。

かつて世界ジュニアミドル級王者の輪島功一は「王貞治の本塁打世界記録は本当の世界じゃない。日本の記録だ」とビッグ・オーに噛み付きました。確かに王の記録は世界最高峰のMLBで達成されたものではなく、輪島は世界が認めるジュニアミドル級王者でした。

しかし、それは天に唾吐く行為で「それなら輪島の世界記録も、ウェルターやミドルの強豪が見向きもしない世界の残飯」だったのですから。今では実力も世界評価も地続きになっているジュニアウェルター〜ウェルター〜ジュニアミドルは、当時は本物の強豪から無視された残飯で、純粋階級から取り残された不毛の孤島だったのです。

現在、日本で行われる世界戦といえばミニマムからジュニアフェザーの軽量級ゾーンに徹底的に集中していますが、1980年代まではそこにジュニアライトやジュニアウェルター、ジュニアミドルという虫食い階級も含まれていました。特に傑出して目立つのがジュニアミドルとジュニアライトです。

1970年代に日本で行われた世界戦は91試合。そのうち、今では国内開催が想像できないほどにハードルが上がったジュニアミドル級はなんと19試合も行われていました。さらに最近の三浦隆司や伊藤雅雪が海外にリングを求めるジュニアライト級は18試合も数えられるのです。※「NUMBER 永久保存版 世界戦201試合全記録」

1970年代の日本は勝敗はともかく世界戦の試合数だけなら、軽量級ではなくジュニアミドルのメッカだったのです。

日本人ジュニアミドル級王者は1981年のに三原正が敵地ニューヨーク州ロチェスターでロッキー・フラットを破って空位のWBAバージョンを獲得してから38年間、生まれていません(2009年石田順裕が獲得したのはWBA暫定)。

水増しで虫食いの残飯階級をプレミアム階級に変貌させたのは、のちにインチキ五階級制覇を捏造するシュガー・レイ・レナードでした。

1979年、WBA王者・工藤政志が何もできずにタイトルを奪われ「世界選手権のチャンピオンと戦えて光栄」と最高の賛辞を送ったアユブ・カルレを1981年、レナードはトーマス・ハーンズとの決戦の調整試合に選び9ラウンドTKOに斬って落とします。

「アマチュア実績がある?確かにそうかもしれないね」と戦前、カユレを鼻で笑ったモントリオール五輪金メダリストのレナードは「絶対に舐めてはかからないよ。カユレが遅いのはわかってるが、試合を早く終わらせることはしない。試したいことがいっぱいあるから」と明らかに舐めてかかっていました。

その結果に、本物の世界を見せつけられた日本のボクシングファンは諦めの溜息をつくことしかできませんでした。

1980年代にジュニアミドルは、残飯階級からプレミアム階級に一気に昇格します。

それまでウェルターでもミドルでも通用しないチュンプ(木偶の坊)の巣窟だった154パウンドは、ウィルフレド・ベニテスやレナード、トーマス・ハーンズ、マイク・マッカラム、テリー・ノリスら正真正銘のチャンピオンが覇権を打ち立て、ロベルト・デュランやドン・カリー、ジョン・ムガビらも参戦、もはや「日本で世界戦」などとは寝言でも言えない高嶺の花になってしまいました。

現在ではジュニアミドルはもちろん、ジュニアウェルター、ジュニアライトですらもかつてのような隙間階級とは言い難くなっています。

その一方で、米国ボクシングの地盤沈下が同時に進行しています。

トップランクのHPが村田諒太の獲得をトップページで伝えたのは、ヘビー級はもちろん中量級でも北米市場だけではもはや未来がないほどに低迷してしまったことの表れです。

村田のような、ビッグクラブと〝ドラフト1位〟で契約できる日本人はしばらく出てこないでしょうが、今回の岡田博喜のようなケースは増えてくるでしょうし、いくつもオファーが舞い込んでいるはずです。

ただ、岡田の9試合3年契約は、せいぜい1試合1〜2万ドル程度からスタートするような契約でしょう。3年9試合を全うした時点で支払われる金額もあるでしょうから、途中で離脱するようならそれは支払われません。

しかも、トップランクの有望選手の咬ませ犬に充てがわれても拒否権はないはずです。負けが混むと、報酬も下がるのも当然です。

岡田は「アメリカンドリームをつかみたい」と意気込みを語っていますが、その通りです。これからつかまなくてはなりません。現時点では、彼はまだ何もつかんでいません。

亀海喜寛はミゲール・コットと世界タイトルマッチを争うという、ある意味頂点に指をかけましたが、その試合の報酬ですら19万2000ドル、約2000万円でした。

日本国内で地上波メインに乗った軽量級チャンピオンとどっこいか、少ないくらいです。

アメリカはゾッとするほど恐ろしい世界です。弱肉強食、それも超がいくつもつく強者にならなくては100万ドルファイターは夢のまた夢です。

「井上尚弥がPFP入り、WBSS出場」「岡田がトップランクと契約」…日本人ボクサーの海外進出を伝える記事の中には「ファイトマネー10億円」など全く根拠のない数字が踊りますが、西岡利晃はノニト・ドネアと、亀海はコットと戦って、報酬はそれぞれ10万ドルと19万2000ドルでした。

井上は「マニー・パッキャオが見た風景を見たい」と語りましたが、もしそれが本気ならWBSSなんかに出て、無名のバンタム級相手に戯れ合っている時間はありません。

井上がおそらくは将来も手の届かない中量級に挑む岡田には、可能性は限りなく少ないとはいえ確かに夢があります。

もし、契約の9戦を全勝は厳しくとも、大きく勝ち越すようなことがあれば、ビッグネームとの対戦も夢ではありません。もしかしたら、その9戦の中で大試合を経験しているかもしれません。

亀海はあのコットと世界タイトルを争ったのに、その報酬は20万ドルにも届きませんでした。ただし、あの夜、コットに勝っていれば、さらなる報酬が用意された全く違う未来があったのは疑いようもありません。

しかし、亀海は敗れたとはいえ、日本国内で日本や東洋のタイトルを守っていても19万ドルなんて報酬は絶対に手にできなかったでしょう。

国内で戦う軽量級ボクサーは、ファイティング原田は別格にしても具志堅用高や渡辺二郎らの1試合6000万円レベルにも遠く及ばないものの、長谷川穂積でも3000万円レベルのファイトマネーを稼いでいました。
 
軽量級の世界戦は、最も稼げる日本国内でもせいぜい3000万円です(この構造を変えるには軽量級の世界戦の価値をコペルニクス的に転換してスポンサー収入を大幅に引き上げるしかありません)。 

ただ、亀海や岡田が、それぞれの階級で長谷川や井上のステージまで登れば 間違いなく100万ドルファイターです。

その意味では、中量級には夢が、アメリカには夢が、確かにあります。

岡田博喜の奮闘と幸運を心の底からお祈りしています。