【理想的な引退*最高のタイミングでリングを去った賢明なボクサーたち】
「理想的な引退」。
どんなスポーツでも、どれほど素晴らしいキャリアを描いたスーパースターでも「理想的な引退」は非常に難しい 最後の一筆です。
最近では、ヘビー級で長期政権を築き上げたクリチコ兄弟が思い浮かびます。
兄ビタリは2012年9月8日のマヌエル・チャー戦を最後に引退、ウクライナの闘士として戦いの場を政治の世界に移しました。
一時引退していた2006年にキエフ市長選に立候補するなど、母国ウクライナの独立を守るために政治への情熱は現役時代からすでに抑えることが出来なかったのです。
2012年7月、ビタリはロシア語を国の第二公用語として認める法案成立の反対デモにスクラムを組んで参加しましたが、催涙ガスを浴び、目と手を負傷してしまいます。〜リング誌から
そして2015年5月、三度挑んだキエフ市長選でついに当選を勝ち取りました。「やりたいことをやる」「なりたい自分になる」…凡人にはあまりに難しい人生の夢ですが、ビタリは世界ヘビー級チャンピオンになり、キエフ市長の座に就き、将来はウクライナの大統領まで見据えています。
一方で、弟のウラジミルのケースは「リング上で完結した理想的な引退」です。
「王者のまま引退」「無敗のまま引退」というのは一見格好良いように見えますが、前回ふれた「悲劇型」のボクサーを除くと、ほとんどが絵空事です。
長谷川穂積のように、疑う余地のない正真正銘の穴王者からタイトルを奪って引退というのは裕福な国で愛されたボクサーだからこそ用意された特別ボーナスに過ぎません。
フロイド・メイウェザーはPFPキングのまま引退しましたが、最後の相手は落ち目のアンドレ・ベルトでした。Undisputed Championではなく、単なるa Championとして「現役最高評価」というトーチを見苦しくも離そうとせずにリングを去ったマネーには、ファンもメディアも惜別の思いを募らせることはありませんでした。
チケットは売れ残り、PPVの売り上げも自己ワーストの55万世帯にとどまった2015年9月13日の試合は、有終の美と呼べるもようなものではなく、メイウェザーはあのベガスの夜に間違いなく〝敗北〟したのです。
一方、当時41歳のウラジミルは最後の試合で、27歳の王者アンソニー・ジョシュアに挑戦。舞台は敵地英国のウエンブリースタジアム、チケットは販売即完売、巨大スタジアムには9万人を超える大観衆が詰めかけました。
そして、史上に残る名勝負を展開、最後は若き獅子に屈したとはいえ、この試合は勝敗で語られるわけがない、神聖で厳かな王位継承の儀式でした。
2017年4月29日、ウラジミルは確かにバトンを、ジョシュアに渡したのです。このあと、ジョシュアがどれほど素晴らしいキャリアを積み重ねるのかは誰にもわかりませんが、その輝きが語られるとき、誰もがウラジミルの偉大さをあらためて振り返ることになるはずです。
偉大なグレートが然るべき後継者にトーチを渡して、リングを去る。当たり前のことに思えますが、プロボクシングの世界において、この〝儀式〟を拝めることは非常に希少な幸運です。
レノックス・ルイスは、そんな〝儀式〟を司ることは出来ませんでしたが、理想的な(理性的な?)引退を遂げた珍しいサンプルの一人です。
ビタリ・クリチコとの再戦があったらどうなっていたのか?…そのモヤモヤが残るキャリア最後の試合でしたが、引退のタイミングとしてはこれ以上ない最高のものでした。もちろん、それはルイスにとって最高であるのですが、少し早いと感じてしまうのはファンのワガママかもしれません。
そして、マニー・パッキャオはオスカー・デラホーヤを粉砕してスターダムの頂点を極めました。見事なバトンリレーに見えますが、そこには老いたグレートが若き才能にリングの厳しさを教えるという物語はありませんでした。
玉座を簒奪したパックマンにだけ眩しいスポットライトが集まり、傷ついてリングを降りるゴールデンボーイには輝きも威厳も感じることは出来ませんでした。
しかし、それでもデラホーヤは幸せです。その後のパッキャオの奮迅の活躍によって、ボクサーとしてのデラホーヤは、然るべき相手に介錯されたと誰もが納得してくれるのですから。
現在のローマ法王フランシスコはアルゼンチン人。スポーツといえばサッカーという国で、全盛期にはリオネル・メッシに次ぐ人気を博したセルヒオ・マルチネスは、バチカンに招かれフランシスコから祝福の言葉を贈られました。
セルヒオ・マルチネスは、古傷の膝が悲鳴をあげていた最後のリングではミゲール・コットに金星を差し出す形になりましたが、良いタイミングでグローブを吊るした数少ない一人です。
マービン・ハグラーも「理想的な引退」を遂げたと言って良いでしょう。最後の試合の判定に納得できず、再戦に応じようとしないシュガー・レイ・レナードに対する苛立った思いは、今も消えていないのかもしれません。
それでも、トーチを渡すべき若きスターではなかったものの、然るべき相手とラストダンスを踊り、今なお「あの試合はハグラーが勝っていた」と議論を呼び続け、生き続けているのですから。
それにしても…理想的な引退を迎えたボクサーのなんと少ないことでしょう。
多くの場合、ボクサーは引退のタイミングに大きく遅れてしまい、リング上で衰えた姿を晒してしまうのです。他のスポーツとは違い、ボクシングの勝敗はあまりにも鮮やかすぎます。
「ボロボロになるまで現役を続ける」 野球選手やサッカー選手には、純粋な共感が湧き上がります。50歳になっても現役で格闘する三浦知良に「もうやめてくれ」と止める人は張本勲さんくらいでしょう。
しかし、悲しいかな、ボクサーの場合は違います。
「理想的な引退」。
どんなスポーツでも、どれほど素晴らしいキャリアを描いたスーパースターでも「理想的な引退」は非常に難しい 最後の一筆です。
最近では、ヘビー級で長期政権を築き上げたクリチコ兄弟が思い浮かびます。
兄ビタリは2012年9月8日のマヌエル・チャー戦を最後に引退、ウクライナの闘士として戦いの場を政治の世界に移しました。
一時引退していた2006年にキエフ市長選に立候補するなど、母国ウクライナの独立を守るために政治への情熱は現役時代からすでに抑えることが出来なかったのです。

そして2015年5月、三度挑んだキエフ市長選でついに当選を勝ち取りました。「やりたいことをやる」「なりたい自分になる」…凡人にはあまりに難しい人生の夢ですが、ビタリは世界ヘビー級チャンピオンになり、キエフ市長の座に就き、将来はウクライナの大統領まで見据えています。
一方で、弟のウラジミルのケースは「リング上で完結した理想的な引退」です。
「王者のまま引退」「無敗のまま引退」というのは一見格好良いように見えますが、前回ふれた「悲劇型」のボクサーを除くと、ほとんどが絵空事です。
長谷川穂積のように、疑う余地のない正真正銘の穴王者からタイトルを奪って引退というのは裕福な国で愛されたボクサーだからこそ用意された特別ボーナスに過ぎません。
フロイド・メイウェザーはPFPキングのまま引退しましたが、最後の相手は落ち目のアンドレ・ベルトでした。Undisputed Championではなく、単なるa Championとして「現役最高評価」というトーチを見苦しくも離そうとせずにリングを去ったマネーには、ファンもメディアも惜別の思いを募らせることはありませんでした。
チケットは売れ残り、PPVの売り上げも自己ワーストの55万世帯にとどまった2015年9月13日の試合は、有終の美と呼べるもようなものではなく、メイウェザーはあのベガスの夜に間違いなく〝敗北〟したのです。
一方、当時41歳のウラジミルは最後の試合で、27歳の王者アンソニー・ジョシュアに挑戦。舞台は敵地英国のウエンブリースタジアム、チケットは販売即完売、巨大スタジアムには9万人を超える大観衆が詰めかけました。
そして、史上に残る名勝負を展開、最後は若き獅子に屈したとはいえ、この試合は勝敗で語られるわけがない、神聖で厳かな王位継承の儀式でした。
2017年4月29日、ウラジミルは確かにバトンを、ジョシュアに渡したのです。このあと、ジョシュアがどれほど素晴らしいキャリアを積み重ねるのかは誰にもわかりませんが、その輝きが語られるとき、誰もがウラジミルの偉大さをあらためて振り返ることになるはずです。
偉大なグレートが然るべき後継者にトーチを渡して、リングを去る。当たり前のことに思えますが、プロボクシングの世界において、この〝儀式〟を拝めることは非常に希少な幸運です。
レノックス・ルイスは、そんな〝儀式〟を司ることは出来ませんでしたが、理想的な(理性的な?)引退を遂げた珍しいサンプルの一人です。
ビタリ・クリチコとの再戦があったらどうなっていたのか?…そのモヤモヤが残るキャリア最後の試合でしたが、引退のタイミングとしてはこれ以上ない最高のものでした。もちろん、それはルイスにとって最高であるのですが、少し早いと感じてしまうのはファンのワガママかもしれません。
そして、マニー・パッキャオはオスカー・デラホーヤを粉砕してスターダムの頂点を極めました。見事なバトンリレーに見えますが、そこには老いたグレートが若き才能にリングの厳しさを教えるという物語はありませんでした。
玉座を簒奪したパックマンにだけ眩しいスポットライトが集まり、傷ついてリングを降りるゴールデンボーイには輝きも威厳も感じることは出来ませんでした。
しかし、それでもデラホーヤは幸せです。その後のパッキャオの奮迅の活躍によって、ボクサーとしてのデラホーヤは、然るべき相手に介錯されたと誰もが納得してくれるのですから。

セルヒオ・マルチネスは、古傷の膝が悲鳴をあげていた最後のリングではミゲール・コットに金星を差し出す形になりましたが、良いタイミングでグローブを吊るした数少ない一人です。
マービン・ハグラーも「理想的な引退」を遂げたと言って良いでしょう。最後の試合の判定に納得できず、再戦に応じようとしないシュガー・レイ・レナードに対する苛立った思いは、今も消えていないのかもしれません。
それでも、トーチを渡すべき若きスターではなかったものの、然るべき相手とラストダンスを踊り、今なお「あの試合はハグラーが勝っていた」と議論を呼び続け、生き続けているのですから。
それにしても…理想的な引退を迎えたボクサーのなんと少ないことでしょう。
多くの場合、ボクサーは引退のタイミングに大きく遅れてしまい、リング上で衰えた姿を晒してしまうのです。他のスポーツとは違い、ボクシングの勝敗はあまりにも鮮やかすぎます。
「ボロボロになるまで現役を続ける」 野球選手やサッカー選手には、純粋な共感が湧き上がります。50歳になっても現役で格闘する三浦知良に「もうやめてくれ」と止める人は張本勲さんくらいでしょう。
しかし、悲しいかな、ボクサーの場合は違います。
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