〝黄金時代〟を迎えて、世界王者に溢れる日本ボクシング界。
村田諒太を除くと、一般ファンに顔も名前も知られたスター不在という、イビツなメッキの黄金時代。比嘉大吾もそんな黄金時代に誕生した数多の世界王者の一人です。
しかし、金太郎飴のごとく画一的な現代の若者の中で、比嘉大吾は異彩を放っていました。南海の風がそのままリングに吹き荒れるようなファイトスタイルに、やはり沖縄の純朴が滲み出る人柄、その表情までもが、全戦全勝全KOというレコードと同じくらいに、いえ、それ以上の魅力を放っていました。
そしてその魅力の根底には、とくにこのスポーツで強く求められる野生の匂いがむんむん充満していました…だからといってルール無用の無頼が許されるわけがありません。
スポーツにおける野生の魅力の正体は、規範の中で暴れる美しさに他なりません。
規範を外れた暴走は、ただの凶悪です。リング上や会見で相手に噛み付くタイソンからは1ミリの強さも感じることはできません。そこには哀れで無様で卑屈な弱さしかありません。
比嘉大吾がリング上ではなく、スケールの上でタイトルを失いました。世界王者にとって最も無様なことは、挑戦者に惨敗することではありません。
先月の両国国技館で敗れ去った山中慎介を格好悪いと感じた人がいるとしたら、その人にはスポーツを見る資格がありません。
しかし、今日の比嘉大吾は本当に無様でした。
ヘビー級以外の16階級では、リングに上がる前に勝たなければならない敵がいます。自分との戦い、減量です。この戦いに負けたボクサーがリングに上がる資格がないのは、全く当然です。
この戦いを拒否するのであれば、ヘビー級で戦うか、マニー・パッキャオやフロイド・メイウェザーのように減量なんか無視して、名誉とカネだけを求めて、自分で自分の体重をデザインしながら戦えばいいのです。
パッキャオの適正階級はライト級か、せいぜいジュニアウェルター級です。しかし、名誉とカネのためにリミットを大きく下回りながらもウェルター級のリングに上がり、ときにはジュニアミドルでも戦うのです(キャッチウェイトですが)。=リング誌2011年12月号「体を削るな、最も強い肉体でリングに上がれ」より。パッキャオやメイウェザーが際立って高い評価を得ていたのは、その超高等技術だけが理由ではありません。体重管理の取り組み姿勢、考え方が、他のボクサーとは全く違うのです。「より弱い相手を求める」体重コントロールではなく、「名誉とカネを求める」体重コントロールだったのです。この二人以上に冷徹なプロフェッショナルを私は知りません。Boxers should fight where they're comfortable instead of killing themselves to make weight.
ボクサーは、より強く戦える階級で戦うべきである。より弱い相手と戦うために、自分も弱くなる減量をして自分の肉体を破壊するなんて馬鹿げている。(VADAの創始者、マーガレット・グッドマン女史の言葉です)
それができないから、「自分の肉と骨を削ってでも、より弱い相手と戦いたい」というのが、ほとんど全ての減量の動機なのです。パッキャオやメイウェザーらほんの一部のボクサーを例外にして、ほぼすべてのボクサーにとって、減量とは「より弱い相手と戦うための手段」なのです。
2015年、ブランドン・リオスとの第3戦で減量に失敗。脱水状態で会見に挑むマイク・アルバラード(上)。思考まで鈍り、質問にも弱々しく答えるだけでした。減量で脆弱したボクサーの戦いなど、誰が見たいでしょうか。健康なアルバラード(下)、別人です。
「井上尚弥はフェザー級の世界ランカーとスパーで互角以上に渡り合った」。いやぁ、結構な話です。だったら、どうしてより注目度の高いフェザーで戦わないで、ジュニアフライやジュニアバンタムで「減量が限界」といつも泣き言を重ねるのでしょうか?
「より弱い相手と戦うための減量」。この減量には、絶対に負けてはいけません。それは恥です。「より弱い相手と戦うための減量」に負けるなんて…どこまで弱いんだ、お前は!という話です。
思い入れのある選手、応援している選手が、負けてしまうのは残念ですが、それがスポーツです。悔しくても、勝った選手に拍手を送るだけです。
でも、減量に負けた比嘉大吾に勝った相手はいません。
私には、比嘉に勝った相手に「お前は比嘉に勝ったんだからこれからも頑張れよ!」と送る拍手や賞賛が出来ないのです。ただ、ただ悲しいだけです。
具志堅用高の管理責任を指摘する声もあるようですが、そんなもの全くありません。
比嘉は何歳ですか?保護者が必要な年齢ですか?比嘉は何者ですか?全ての責任を自分が負うのに、疑問の余地など無い肩書きの持ち主でしょうが!
カネロ・アルバレスが、陣営に隠されて知らないうちにドーピングをしていたのだとしたら、彼は被害者ですか?絶対に違います。
パッキャオが同じ過ちを犯したら、フレディ・ローチやボブ・アラムを批判しますか?
具志堅を批判するのは的外れも甚だしいし、比嘉をある意味、馬鹿にしています。
比嘉大吾は、22歳の世界フライ級チャンピオンです。22歳の世界チャンピオンが、スケールの上でベルトを剥奪されるというボクサーとして最も恥ずかしい姿を晒してしまったのです。
これから比嘉大吾が、この失態の谷底からどやって這い上がっていくのか、それはわかりません。ただ、這い上がれない谷底では無いことは、偉大な先人が証明しています。
かつて「より弱い相手と戦うための減量」に身を削り、ついにはその卑屈な階段から足を踏み外してスケールの上でタイトルを剥奪されながらも、天衣無縫の野生を解き放って、減量苦とは無縁の快進撃の末に前人未到の世界唯一の八階級制覇を成し遂げた、正真正銘の生きる伝説。
今から19年前の1999年、未来のアジアの誇りが、秤の上で無様に剥奪されました。そのタイトルもまた、今日の比嘉大吾と同じく、奇しくもWBC世界フライ級の緑のベルトでした。
こっぴどい敗北が、武勇伝や笑い話になる未来は、ありえます。しかし、この比嘉の失態が、そうなることは永遠にありません。彼のキャリアを彼本人が汚してしまった、けして消すことのできない汚点です。
醜く深い谷底を消すことは出来ません。しかし、そこから這い上がることは、出来るのです。
今日、九段下のホテルグランドパレス、計量会場で起きた失態には、本当に幻滅しました。
じゃあ、もう応援するのをやめるか?ファンになる、応援するって、そんなもんじゃないから、だから、悲しいのです。
この取り返しのつかない大きな汚点が、小さく見えるような、今回、一番迷惑をかけてしまったクリストファー・ロサレスが「俺はあの比嘉と戦ったんだぜ」と将来子供や孫に自慢できるような、そんなキャリアをこれから築いてもらいたいです……そう思うのもファンの身勝手ですね…本当にロサレスには申し訳ない。
遠いニカラグアから、命がけで何ヶ月も練習して、厳しい減量にも打ち勝って、100%の比嘉大吾と戦えると、ローマン・ゴンザレスから「素晴らしい国だ」と聞かされ憧れていた国に、一世一代の大勝負に乗り込んで来たというのに。


コメント
コメント一覧 (5)
私はトレーナーを含めてジムは
何をしてたんだと思いましたが
おっしゃる様に比嘉の責任ですね
これからも勉強させていただきます
今回の事態で、ボクサーにはリング以外でのもうひとつの戦いがあるということをまざまざと見せつけられた感じです。
この記事を読んで、事態を頭の中で整理できました。
明日の試合は、少し靄が晴れたような感じで見られそうです・・・。
ネリを大バッシングして比嘉擁護する人の多さには驚きますね
具志堅のせいにすること自体が比嘉を馬鹿にしている、というのは本当にその通りだと思います
何れにしても、可能な限り体重を落としてリバウンドパワーで圧殺することの多い日本人ボクサーには、正直このような事件はいつか必ず起きていたと思います