いよいよ明日早朝に迫った、今年最初のメガファイト。リング誌電子版から拙訳です。
WBA/IBF王者アンソニー・ジョシュア(英国)vs WBO王者ジョセフ・パーカー(ニュージーランド)。
ここまで、ジョシュアは20戦全勝全KO、パーカーが24戦全勝(18KO)、ともにまだ一度の敗北も知りません。
無敗のヘビー級王者が統一戦のリングに上がるのは、マイク・タイソン(WBA/WBC/IBF)対マイケル・スピンクス(リング誌/リネラルチャンピオン=正当な王者)以来、史上四度目の〝大事件〟です。
タイソンがスピンクスを粉砕した1988年は、米国大統領はロナルド・レーガン、ベルリンの壁が東西ドイツを引き裂き、ソビエト連邦がまだ存在していた時代です。
30年前のこのメガファイト、その前年のやはりタイソン(WBA/WBC)対トニー・タッカー(IBF)、さらにヘビー級史上初の統一戦、ジョー・フレイジャー(WBA/WBC/リング誌)対モハメド・アリ(リネラルチャンピオン)の過去三度のメガファイトを振り返り、日本時間日曜日早朝に迫った四度目の大事件の勝敗を占います。
1971年3月8日 マジソン・スクエア・ガーデン
王者ジョー・フレイジャー対モハメド・アリ
WBA/WBC王者フレイジャー26戦全勝23KO。リネラル王者アリ31戦全勝25KO。
“The Fight of the Century”と銘打たれたメガファイトは、その看板にふさわしい名勝負となりました。両者の報酬も9億円です。全世界での放映権や、「ノーテレビ(テレビじゃ見れないよ)」のクローズドサーキットの収入も、ファイトマネーに大きく加算されました。
1971年の話です。今の貨幣価値に換算したらいくらになるのか、とにかくクラクラするような途轍もないイベントでした。
タイム誌特別号「ALI The Greatest 1942-2016」から。「ベトコンには何の恨みもない。ベトナム人は誰一人俺のことをニガーと侮辱しないからな」。1967年、徴兵を拒否したアリは世界王者のタイトルとライセンスを剥奪されてしまいます。
ボクシングの世界では「王者を倒した男が次の王者」という単純明解な考え方が今でも色濃く残っています。リネラルチャンピオンという概念です。
王者の権威が失墜し王位を放棄したり、複数階級制覇のために王座返上したり、タイトルが空位になることが珍しくない現代、決定戦を行わなければならないケースがまま起こり得ます。
しかし、アリは「王者の正統性」がじっかりリスペクトされた時代に生きていました。
リングの上で負けていないのですから、リネラルチャンピオンはアリでしかありえなかったのです。決定戦などで作られたり、決定戦すら行わずに王者に認定されたボクサーは「ペーパーチャンピオン」と蔑視されていました。
ところが、このメガファイトは時代のプリズムによって「国家への反逆者アリ」が、白人も支持する「敬虔なクリスチャンで元海兵隊の模範的な青年」に恐れ多くも挑むという光彩で見られていました。
一方で、ベトナム戦争の泥沼化から、アリの行動を支持するメディアや一般市民も現れ始めるという、もう一つのプリズムも通されていました。
結果は、スモーキン・ジョーのプレスにアリが摩耗する展開で、最終15ラウンドにはダウンまで奪われたアリは3−0の判定でプロ初黒星を喫しました。
明日のジョシュア対パーカーをリング誌は「“The Fight of the Century”と比較することは憚られる。映画に例えると、アリとフレイジャーの一戦は『ゴッドファーザー』、壮大な叙事詩だった。明日の試合は『バグジー』、そこそこ面白いが歴史に残る名画ではない」と、試合前からシラけたこと書いてます。
確かに役者が違いすぎますが、明日の試合は前売り券が完売、その数7万8000枚と発表されました。あの巨大なプリンシパリティスタジアムがフルハウスになるわけです。イベントのデカさでは、“The Fight of the Century”にも引けを取りません。
早朝の日本に名勝負が届けられることを熱く、激しく期待します!
WBA/IBF王者アンソニー・ジョシュア(英国)vs WBO王者ジョセフ・パーカー(ニュージーランド)。
ここまで、ジョシュアは20戦全勝全KO、パーカーが24戦全勝(18KO)、ともにまだ一度の敗北も知りません。
無敗のヘビー級王者が統一戦のリングに上がるのは、マイク・タイソン(WBA/WBC/IBF)対マイケル・スピンクス(リング誌/リネラルチャンピオン=正当な王者)以来、史上四度目の〝大事件〟です。
タイソンがスピンクスを粉砕した1988年は、米国大統領はロナルド・レーガン、ベルリンの壁が東西ドイツを引き裂き、ソビエト連邦がまだ存在していた時代です。
30年前のこのメガファイト、その前年のやはりタイソン(WBA/WBC)対トニー・タッカー(IBF)、さらにヘビー級史上初の統一戦、ジョー・フレイジャー(WBA/WBC/リング誌)対モハメド・アリ(リネラルチャンピオン)の過去三度のメガファイトを振り返り、日本時間日曜日早朝に迫った四度目の大事件の勝敗を占います。
1971年3月8日 マジソン・スクエア・ガーデン
王者ジョー・フレイジャー対モハメド・アリ
WBA/WBC王者フレイジャー26戦全勝23KO。リネラル王者アリ31戦全勝25KO。
“The Fight of the Century”と銘打たれたメガファイトは、その看板にふさわしい名勝負となりました。両者の報酬も9億円です。全世界での放映権や、「ノーテレビ(テレビじゃ見れないよ)」のクローズドサーキットの収入も、ファイトマネーに大きく加算されました。
1971年の話です。今の貨幣価値に換算したらいくらになるのか、とにかくクラクラするような途轍もないイベントでした。
タイム誌特別号「ALI The Greatest 1942-2016」から。「ベトコンには何の恨みもない。ベトナム人は誰一人俺のことをニガーと侮辱しないからな」。1967年、徴兵を拒否したアリは世界王者のタイトルとライセンスを剥奪されてしまいます。
ボクシングの世界では「王者を倒した男が次の王者」という単純明解な考え方が今でも色濃く残っています。リネラルチャンピオンという概念です。
王者の権威が失墜し王位を放棄したり、複数階級制覇のために王座返上したり、タイトルが空位になることが珍しくない現代、決定戦を行わなければならないケースがまま起こり得ます。
しかし、アリは「王者の正統性」がじっかりリスペクトされた時代に生きていました。
リングの上で負けていないのですから、リネラルチャンピオンはアリでしかありえなかったのです。決定戦などで作られたり、決定戦すら行わずに王者に認定されたボクサーは「ペーパーチャンピオン」と蔑視されていました。
ところが、このメガファイトは時代のプリズムによって「国家への反逆者アリ」が、白人も支持する「敬虔なクリスチャンで元海兵隊の模範的な青年」に恐れ多くも挑むという光彩で見られていました。
一方で、ベトナム戦争の泥沼化から、アリの行動を支持するメディアや一般市民も現れ始めるという、もう一つのプリズムも通されていました。
結果は、スモーキン・ジョーのプレスにアリが摩耗する展開で、最終15ラウンドにはダウンまで奪われたアリは3−0の判定でプロ初黒星を喫しました。
明日のジョシュア対パーカーをリング誌は「“The Fight of the Century”と比較することは憚られる。映画に例えると、アリとフレイジャーの一戦は『ゴッドファーザー』、壮大な叙事詩だった。明日の試合は『バグジー』、そこそこ面白いが歴史に残る名画ではない」と、試合前からシラけたこと書いてます。
確かに役者が違いすぎますが、明日の試合は前売り券が完売、その数7万8000枚と発表されました。あの巨大なプリンシパリティスタジアムがフルハウスになるわけです。イベントのデカさでは、“The Fight of the Century”にも引けを取りません。
早朝の日本に名勝負が届けられることを熱く、激しく期待します!

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