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イチローがゆく道は、どんな道でも坂道に見えてしまいます。= Number 創刊30周年特別編集号「プロ野球人間交差点2010」=

スポーツの指導において、個性は最も大切な宝物です。

一方で「理想のフォーム」なるものが存在するように指導する人もいました。

例えば、陸上競技では「腕をしっかり振って走れ」「頭を動かさずに走れ」と教えられます。腕を振らないと体全体を使った走りが出来ません。頭を動かすとバランスとリズムが崩れて、体力もロスしてしまいます。

しかし、これは教え方としては逆なんです。「体全体を使って走れ」「バランスとリズム良く走れ」が最優先なんです。

つまり、「体全体を使って走れているのなら」高橋尚子のように腕の振りが小さくても問題ないのです。「バランスとリズムが良ければ」ポーラ・ラドクリフのように頭を前後に揺らして走っても問題無いのです。

イチローは成功体験を全く信じていません。毎年、目に見えるモデルチェンジを繰り返し、試合でも打席でも、一球ごとでも、バッティングを変えて挑んできます。

「今日成功した指し方は、明日には悪手になる」。羽生善治がそんなことを語っていましたが、その通りです。相手は研究してきますから。

マイク・タイソンや清原和博は、スランプに苦しむと無敵時代、高校時代のビデオを見返したそうです。そこに映ってるタイソンと清原は、確かに大きな成功を収めていますが、そこは絶対に帰ってはいけない場所です。そこに、映っている自分は研究され、丸裸にされ、崩され、それゆえにスランプに陥っているのですから。

かつて、工藤公康が「プロの一流の打者は、打ち取られたボールを次のシーズンでは見事に打ち返してくる。超一流は、シーズン中にアジャストしてくる。イチローは1試合の中で対応してきた」「一流の打者は綺麗なヒットを打って涼しい顔で一塁に走ることを目指すようになるが、イチローは何度首位打者を獲っても、ボテボテのゴロを転がしたらがむしゃらに走って一塁に駆け込む。私との競争になって、『セーフ!』と唸って一塁に駆け込んだイチローの形相をみたとき、この選手は別格だとわかった」と感心していました。

陸上競技のようなタイムスポーツでも、直接対戦する相手はいませんが、レース展開や気温、路面状況、自分の年齢やコンディション、無限の要素でフォームやメカニクスは微調整していかなければなりません。

当たり前ですが、常識や旧習に囚われない考え方は、不協和音も起こします。

シアトル・マリナーズのユニフォームに袖を通してから間もなく、「イチローは自分勝手だ」と複数のチームメイトとの間に軋轢が生じていると報じられました。

その、チーム内の不満が爆発寸前になった2012年シーズン途中でイチローはニューヨーク・ヤンキースへ移籍します。

2002年にオークランド・アスレティックスが「セイバーメトリクス」を駆使して、年俸総額でニューヨーク・ヤンキースの3分の1程度のプアな選手団がMLB全球団で最高勝率を記録しましたが、この統計学をベースにした戦略は、イチローがマリナーズに入団した2001年には各球団に浸透していました。

打率の割に出塁率が低く、ときにボール球にも手を出すイチローのスタイルは、この考え方に最も遠いものでした。

「もっと四球を増やしてチームに貢献できるのに、イチローはそうしないでボール球に手を出す。自分勝手だ」。チームメイトの言い分はある意味、もっともです。

ただ、これは哲学の違いです。フォアボールを狙う、打率・確率を優先する野球は消極的で、ときに選手を押し潰してしまいます。日本ではイチロー以前は「シーズン終盤に小細工(試合に出ない)をしないで首位打者」は非常に珍しい存在でした。

打率でリードすると欠場し、自分の打率をキープする。ライバルが打てなくて安全圏の差が出来たり、ライバルが打ちまくって逆転されたら出場…なんとも醜い争いが繰り広げられて来ました。しかし、イチローの登場で、「下がる可能性がある」打率よりも、「積み重ねていく」安打数を意識して、戦う姿勢を見せる首位打者も増えてきました。

「下がる可能性がある」打率を意識してしまうと、失敗を恐れてしまいバッターボックスに攻撃的な姿勢で入ることができません。これは、明らかにマイナスですが、選手の心理が攻撃的かどうかはセイバーメトリクスみたいな薄っぺらいクソ統計学では測ることは出来ません。

「打てないと減る」打率と、「打てば増える」安打数。戦わなくてはならなアスリートが、どちらに重きをおくべきかは明らかです。

それは、さておき、エゴの塊のようなメジャーリーガーが「自分勝手だ」とクレームをつけるイチローの姿は、逆にとんでもなく頼もしく映りました。

イチロー最大の偉業(今のところ)は、2004年に打ち立てたMLBシーズン最多安打記録でしょう。

ジョージ・シスラーの257安打を、最終的には262安打まで数字を伸ばしました。

シーズン終盤になると、イチローの成績に日本中が一喜一憂。

残りのヒット数が1試合1本ペースを切ると「これでもう大丈夫!」と安心するメディアやファンでしたが、当のイチローからは「ヒットを打つのは大変な作業。まだまだ先は見えない、厳しいです」と悲観的なコメントしか聞けませんでした。

ノーヒットに終わって残りヒット数が試合数を上回ると「1試合に1本以上のペースで打たないと記録に並べない。これは厳しくなりましたね」と沈痛に聞くメディアに「200安打だってもともと試合数を大きく上回った難しい数字です。残り試合数がゼロになったら諦めるけど、そうじゃない、まだまだチャンスはありますから」と一転して楽観的に話していました。

そして、その翌日に5安打を固め打ったりすると、また私たちは「これでもう大丈夫!」、イチローは「難しい」。

まさに塞翁が馬。賢者と俗衆のやり取りでした。

そして、2009年、第二回ワールド・ベースボール・クラシック。野球ファンの幸せを堪能させてくれたのは、やはりイチローでした。