村田諒太の偉大な挑戦は、これ以上ない、本当に爽やかな結果に帰結しました。
恥ずかしい話、泣きました。やっぱり、スポーツって素晴らしい、ボクシングって素晴らしい。
あの判定には、私を含めて日本中が怒号に包まれました。当事者のWBA会長までもが「謝罪する」と公式に表明する異常な事態に発展しました。
あんな判定、嫌な後味しか残りようのない、最悪の土曜日の夜でした。そのはずでした。
しかし、あの試合、あのリングで戦ったのは日本の誇りと、カメルーンの誇りです。その二人、たった二人だけなんです。
レフェリーも、3人のジャッジも、もちろん無責任に応援していた私たちファンも、あの二人以外は全員が「傍観者」でしかないのです。
ファンがどう騒ごうが、公式のジャッジがどう判定しようが、承認団体の会長が何をほざこうが、実際にあの小さなリングで殴り合った、二人の当事者がお互いにリスペクトして試合が終わったのです。これ以上に、清々しい試合はありません。
ガタガタ言ってた自分が本当に恥ずかしくなりました。
私には、プロボクシングは「国際的な統括団体を持たずに、文字面通りにマルチ商法的にベルトを売りつける承認団体がいくつも乱立して、小刻みな階級で王座を粗製乱造する魑魅魍魎の世界」としか見えません。サッカーやテニスの世界チャンピオンと、ボクシングの「世界チャンピオン」は全く違います。
もちろん、それでもボクシングは大好きです。昔のお祭りに並ぶテキ屋の出店のような怪しさに満ちた世界。捏造された偽物が平然と溢れるそんな露店のジメジメした暗がりから、滅多にないことですが、ときに奇跡のように現れる正真正銘、本物のアスリートが放つ強烈にまぶしい輝き、そのギャップがたまりません。
モハメド・アリがテニスや野球選手でなく、ボクサーであったことは決して偶然なんかじゃありません。テニスやサッカーのシステムではマニー・パッキャオのような超常現象は起き得ません。
プロボクシングの世界がどんなに矛盾に満ちて、醜いことが横行していようとも、選手は純粋に自分の拳がどれだけ強いのか、それだけを試したくて一対一のリングに上がっているんです。
そんな単純で基本的なことを、恥ずかしながら、忘れてしまっていました。本物のアスリートは、他人の評価なんかよりも、もっともっと大切なことがあることをわかっているのです。
試合終了のホイッスルでジャージを交換し合うサッカーやラグビー選手、全身全霊を捧げて競り合ったランナーがゴール後に抱き合う光景は、神聖なまでに美しい。
本当は、極限までに技術を研ぎ澄ませたアスリートにとって、審判も、もしかしたら観客すらも必要ないのかもしれません。
「究極に高まった瞬間は大きなスタジアムも、絶叫する観衆の声も、見えないし聞こえない、目の前の相手しか見えないし、聞こえるのは自分とそいつの息遣いだけ」…よく聞くことですが、そんな境地で戦った二人に「判定がおかしい」「 WBA会長がツイートしてる」「海外メディアも疑問を呈してる」なんて、よく考えたら小さいことです。くだらないことです。
ボクシングは、野球やサッカー、テニスのような世界の統括団体が存在するスポーツではありません。ボクシングの世界王者の価値は「テニスやサッカーの世界30傑」以下でしょう。もっと下かもしれません。
それでも、リングの上で二つの拳だけで、シングルス(タイマン)以外にない不器用なスタイルで、互いの急所めがけて殴り合う、そんな非常識なスポーツ(私はスポーツだと思っていませんが)だからこそ、他のスポーツとは一線を画した思いがあります。
団体スポーツなら、ものすごい遺恨を引きずったかもしれませんが、この二人の人格の素晴らしさがそんな小さなものを吹き飛ばしました。
試合直後のあんなに苦々しい感情が、二人のツーショットとそのコメントで、全てが、あんな土曜日の夜が最高の時間になるのですから、アスリートは素晴らしいです。アッサン・エンダムと村田諒太には、感謝しかありません。
もし、再戦があるなら。カメルーンはありえませんからパリか東京でしょう。おそらく東京になるでしょうが、土曜日の有明と明らかに違うことがあります。
ミドル級の世界タイトルマッチという、大きさと重さだけに押し潰れてた二日前とは違います。エンダムの入場にも暖かい歓声が送られるでしょう。
最もレベルの高い階級のミドル級の世界戦〜今回、日本中が注目した一番大きな理由、そんなことまでが、今やつまらない、小さなことになってしまいました。
はっきりわかっているのは、正真正銘の二人のスポーツマンが、決着をつけるべく、決闘するのです。
ミドル級とかWBAとか、もはやどうでもいいのです。
恥ずかしい話、泣きました。やっぱり、スポーツって素晴らしい、ボクシングって素晴らしい。
あの判定には、私を含めて日本中が怒号に包まれました。当事者のWBA会長までもが「謝罪する」と公式に表明する異常な事態に発展しました。
あんな判定、嫌な後味しか残りようのない、最悪の土曜日の夜でした。そのはずでした。
しかし、あの試合、あのリングで戦ったのは日本の誇りと、カメルーンの誇りです。その二人、たった二人だけなんです。
レフェリーも、3人のジャッジも、もちろん無責任に応援していた私たちファンも、あの二人以外は全員が「傍観者」でしかないのです。
ファンがどう騒ごうが、公式のジャッジがどう判定しようが、承認団体の会長が何をほざこうが、実際にあの小さなリングで殴り合った、二人の当事者がお互いにリスペクトして試合が終わったのです。これ以上に、清々しい試合はありません。
ガタガタ言ってた自分が本当に恥ずかしくなりました。
私には、プロボクシングは「国際的な統括団体を持たずに、文字面通りにマルチ商法的にベルトを売りつける承認団体がいくつも乱立して、小刻みな階級で王座を粗製乱造する魑魅魍魎の世界」としか見えません。サッカーやテニスの世界チャンピオンと、ボクシングの「世界チャンピオン」は全く違います。
もちろん、それでもボクシングは大好きです。昔のお祭りに並ぶテキ屋の出店のような怪しさに満ちた世界。捏造された偽物が平然と溢れるそんな露店のジメジメした暗がりから、滅多にないことですが、ときに奇跡のように現れる正真正銘、本物のアスリートが放つ強烈にまぶしい輝き、そのギャップがたまりません。
モハメド・アリがテニスや野球選手でなく、ボクサーであったことは決して偶然なんかじゃありません。テニスやサッカーのシステムではマニー・パッキャオのような超常現象は起き得ません。
プロボクシングの世界がどんなに矛盾に満ちて、醜いことが横行していようとも、選手は純粋に自分の拳がどれだけ強いのか、それだけを試したくて一対一のリングに上がっているんです。
そんな単純で基本的なことを、恥ずかしながら、忘れてしまっていました。本物のアスリートは、他人の評価なんかよりも、もっともっと大切なことがあることをわかっているのです。
試合終了のホイッスルでジャージを交換し合うサッカーやラグビー選手、全身全霊を捧げて競り合ったランナーがゴール後に抱き合う光景は、神聖なまでに美しい。
本当は、極限までに技術を研ぎ澄ませたアスリートにとって、審判も、もしかしたら観客すらも必要ないのかもしれません。
「究極に高まった瞬間は大きなスタジアムも、絶叫する観衆の声も、見えないし聞こえない、目の前の相手しか見えないし、聞こえるのは自分とそいつの息遣いだけ」…よく聞くことですが、そんな境地で戦った二人に「判定がおかしい」「 WBA会長がツイートしてる」「海外メディアも疑問を呈してる」なんて、よく考えたら小さいことです。くだらないことです。
ボクシングは、野球やサッカー、テニスのような世界の統括団体が存在するスポーツではありません。ボクシングの世界王者の価値は「テニスやサッカーの世界30傑」以下でしょう。もっと下かもしれません。
それでも、リングの上で二つの拳だけで、シングルス(タイマン)以外にない不器用なスタイルで、互いの急所めがけて殴り合う、そんな非常識なスポーツ(私はスポーツだと思っていませんが)だからこそ、他のスポーツとは一線を画した思いがあります。
団体スポーツなら、ものすごい遺恨を引きずったかもしれませんが、この二人の人格の素晴らしさがそんな小さなものを吹き飛ばしました。
試合直後のあんなに苦々しい感情が、二人のツーショットとそのコメントで、全てが、あんな土曜日の夜が最高の時間になるのですから、アスリートは素晴らしいです。アッサン・エンダムと村田諒太には、感謝しかありません。
もし、再戦があるなら。カメルーンはありえませんからパリか東京でしょう。おそらく東京になるでしょうが、土曜日の有明と明らかに違うことがあります。
ミドル級の世界タイトルマッチという、大きさと重さだけに押し潰れてた二日前とは違います。エンダムの入場にも暖かい歓声が送られるでしょう。
最もレベルの高い階級のミドル級の世界戦〜今回、日本中が注目した一番大きな理由、そんなことまでが、今やつまらない、小さなことになってしまいました。
はっきりわかっているのは、正真正銘の二人のスポーツマンが、決着をつけるべく、決闘するのです。
ミドル級とかWBAとか、もはやどうでもいいのです。
コメント
コメント一覧 (2)
おっしゃる通りだと思います。神様は試したんです。
「こういうことになったら村田諒太はどうするだろう?」。
確かに、神様が試したくなるのも無理はありません。
すいません。両方とも読んでしまいました。
村田エンダム戦の数日前にブログを発見し、それからずっと追っていました。
非常に内容も詳しく、そしてボクシングへの愛に溢れるブログと思いました。
村田選手がこれからどんな決断をするかわかりませんが、
村田諒太という男は本当に「人生の成功者」ですね。今回の件で人間として尊敬しました。
地位や名誉よりもはるかに大切なものを持っている人間だと思います。
これからの人生、仲間がたくさんサポートしてくれるでしょう。もちろんエンダム選手も。
私としては、もちろん村田選手に現役を続けて欲しいと思っています。
村田諒太はストーリーのある人間です。だからこそ感情移入し、心から応援したくなります。
今回の件は、神様のいたずら。
1年後の今頃には、村田ストーリーのひとつとして「そんなこともあったね」と笑えることを願うばかりです。
チャンピオンにはなれなかったけれど、村田選手はこの試合でたくさんのものを得たと思います。
世界レベルの経験もそうですし、自分の実力への確信、長所と短所、そしてファンの力。
もし続けるという選択をしてくれたなら、もっと強い村田諒太として戻ってきてくれるはずです。