現在のミドル級の世界地図を俯瞰すると、世界王者はアルファベット主要4団体でWBAスーパー(ゲンナディ・ゴロフキン= GGG)、WBA正規(空位)、WBC(GGG)、IBF(GGG)、WBO(ビリー・ジョー・サンダース)、そしてリング誌認定の世界王者はカネロ・アルバレス(メキシコ)となっています。

村田諒太は現在空位のWBA王座をかけて、5月20日有明コロシアムで暫定王者ハッサン・ヌダム・ヌジカム(フランス)と拳を交えるわけです。

この人気階級のタイトルを狙うボクサーは GGGを苦しめて負けて株を上げたダニエル・ジェイコブス(米国)にデビッド・レミュー(カナダ)、アンディ・リー(英国)といった返り咲きを狙う元王者のグループが第一集団を形成、さらには今月22日にWBO暫定王座をかけて無敗のトミー・ラングフォード(英国)と戦う実力者アブタンディル・クルティゼ(ジョージア)、やはり無敗の村田、マチェック・スレッキ(ポーランド)、世界戦線再浮上を伺うマット・コロボフ(ロシア)、ウィリー・モンローJr(米国)と多士済済です。

ここに人気階級のお約束、下の階級から強豪王者がタイトル簒奪を狙って侵略してきます。すでにジャーモル・チャーロ(米国)がIBFスーパーウエルター級王座を返上して、ミドル級戦線に乱入、スター選手がアレルギー症状を起こすWBAスーパーのスーパーミドル級王者エリスランディ・ララ(キューバ)もGGGとの対戦を熱望しています。

階級最強がGGGであることに異論を唱える人はいないでしょうが、どうしてカネロが、承認料目当てのアルファベット団体と一線を画して、最も権威があるリング誌王者なのか。
諸悪の根源はミゲール・コット(プエルトリコ)とカネロいうヒスパニックのまさに東西横綱、超純正Aサイドの二人です。


【コットとカネロ、ヒスパニックの人気トップの二人がミドル級の正義をぶち壊してきました。どちらがAサイドなのかわからない人気者対決にリング誌はダブルの表紙で特集を組みました】

21世紀のミドル級は4団体統一を果たしたバーナード・ホプキンスが完全なる支配を続けていましたが、2005年ジャーメイン・テーラー(アメリカ)を相手に微妙な判定を落としてしまいます。

テーラーはシドニー五輪ミドル級で銅メダルを獲得、ホプキンスとは対極のキャリアを歩んできたホープでした。ホプキンスは「判定を盗まれた。ホープに勝たせたいのはわかるがリング上では実力だけが勝敗を決めるはずだ。多数決で決められたらやってられない」と嘆きましたが、後の祭りです。最初から分かっていたはずです。倒さなければいけなかったのです。

これは村田も同じです。ヌジカムは東京に呼べましたが、もしカネロと戦うとなると100%敵地でしか試合は組んでもらえません。カネロへの熱狂的な大声援にも押されて戦う村田に微妙な判定勝ちの目はありません。Bサイドに回ったら、明白にAサイドを叩きのめすしか勝ち目はないのです。

テーラーがホプキンスから掠め取ったミドル級のバトンをしっかり持ち続けることができれば良かったのですが、彼にはその握力はありませんでした。2007年9月29日、ケリー・パブリックとの無敗対決にまさかの逆転KO負け。その後、スーパーミドル級の画期的なトーナメント「 SUPER6」に参戦しますが、グラスジョーのテーラーが強打者揃いのこのグループに飛び込んだのは、まさに自殺行為でした。

次世代の王者であるはずのテーラーがあっけなくバトンを落としてしまったものの、ミドル級の未来はまだ楽観的に見ることができました。強打を振り回して相手をなぎ倒すオハイオ州ヤングスタウン出身の白人は、絵に描いたようなホワイトホープだったのですから。PFP10傑にもその名を刻み、黒人からヒスパニックに変遷したアメリカボクシングの人気の波を、懐古郷愁の白人の手に引き戻す、そんなまさか、まさかの期待までが膨らみました。

しかし、パブリックもまたバブルな王者でした。テーラーからタイトルを奪ってからわずか1年後の2008年10月18日。43歳のホプキンスに引導を渡すべく用意された試合では12ラウンドにわたって弄ばれ、老雄の引き立て役に甘んじてしまいます。この敗北で唯一の救いはノンタイトル戦だったことですが、その世界王座も2010年4月17日にセルヒオ・マルチネス(アルゼンチン)に大番狂わせを起こされ、失ってしまいました。

この試合は大番狂わせと報じられた他にも、「This win was first new middleweight title for an Argentinian fighter in over 40 years since Carlos Monzon, who they remembered. Martinez stated in the press conference his pride at bringing the title to Argentina again.(名王者カルロス・モンソン以来、ミドル級タイトルを40年ぶりに母国に取り戻した歴史的な勝利だと、記者会見でマルチネスは胸を張って語った)」と、40年ぶりにアルゼンチンにベルトが帰ったことも世界中に伝えられました。

ここで、日本のボクシングファンは「あれ?」と思うはずです。「竹原が1996年にタイトルを奪ったホルヘ・カストロもアルゼンチン人だったじゃないか!40年ぶりは間違いで14年ぶりだろう!」と。

カストロは分裂した王座のピースを持っていただけで、「正統な最強王者(Lineal Champion)」とは認められていないのです。ホプキンスから継承した正統王者の本物の玉座はテーラーからパブリック、そしてマルチネスへと受け継がれたのです。

「最強王者に勝たなければ正統な王者ではない」「王者に勝った者が王者」という考え方が欧米では根強く残っています。ただのアルファベット王者は「a champion(王者の一人)」と軽い表現をされ、暫定王者至っては王者にカウントされません。日本では5階級制覇と認められるノニト・ドネアが、暫定のスーパーフライ級を数えられずに4階級制覇とされているのはそのためです。

そしてLineal Championという考え方ならドネアはフライ(倒した相手はビック・ダルチニアン)、バンタム(フェルナンド・モンティエル)の2階級制覇となります。

日本と海外の考え方が大きく違う典型的なサンプルがマニー・パッキャオです。日本ではメジャー4団体の王者になれば相手が誰でもカウントする一方で、それ以外の王者は一切認めませんから、パッキャオはフライ、スーパーフライ、スーパーフェザー、ライト、ウエルター、スーパーウエルターの6階級制覇となります。しかし海外では、ここにフェザーとスーパーライトの2階級(いずれもリング誌タイトル)が加わり8階級制覇と広く認められています。

そのパッキャオも正統な最強王者を倒さなければならないLineal Championの縛りではフライ(チャチャイ・ダッチボーイジム)、フェザー(マルコ・アントニオ・バレラ)、スーパーフェザー(ファン・マニュエル・マルケス)、スーパーライト(リッキー・ハットン)の4階級制覇となります。

日本では「4団体じゃないから」という理由で認めていないフェザーとスーパーライトが、パッキャオの王座の中でも特に価値のあるものだと世界では認められているというのが興味深いですね。

【AサイドのカネロがGGGの衰えを慎重に観察しながら待つ…プロボクシングの醜悪な慣行が今も繰り返されています】

そして、「王者を倒した王者が正統」と「誰もが認める最強」というLineal Championの曖昧な二重基準が、今このミドル級にねじれを起こしてしまっています。

マルチネスに勝ったコットに勝ったカネロが「正統」のLineal Championです。そして「誰もが認める最強王者」がGGGです。リング誌はカネロが1年間ミドル級で戦わないか、転級を正式発表するか、引退表明するか、その場合でしか王座を剥奪できません。

もちろん、この有様でカネロがLineal Championなのはあくまで系譜上の話であって、GGGこそがその冠にふさわしいことは誰もが認めています。ほとんど全てのスポーツが最強を決める試合が必ずセットされます。当たり前です。その当たり前が通用しないのがプロボクシングの世界です。プロボクシングの深い闇が、ここにも垣間見えているのです。

村田が来月掴み取るのは残念ながらLineal Championではなく、「a Champion」です。まぁ、始まりはAからでいいんです。アルファベットもAから始まるんですし。どう始まるかなんて全く問題ではありません。問題はどこにたどり着くのか、ただそれだけなのですから。とりあえず、最初のピースをしっかりコレクションしましょう。