マディソンスクエアガーデンで大番狂わせが続きました。

まずはアマ・プロ通じて敗北を知らないローマン・ゴンザレス(ニカラグア)が、伏兵シーサケット・ソールビンサイ(タイ)にまさかの判定負け。パウンドフォーパウンド(PFP:階級を無視した仮想対決で最強を決める脳内ランキング)でリング誌やESPNなど主要メディアがこぞってNo.1に推していたロマゴンの陥落は、その対決を熱望していた井上尚弥が最もショックを受けたかもしれません。

WOWOWの放送では、ゲスト解説の井上にジョー小泉が「シーサケットがカルロス・クアドラスと防衛戦を行い、その勝者にロマゴンが挑戦してタイトル奪回、そして井上選手と。少し対決時期がずれてしまうけど」と慰めていましたが、その通りに進んでもそのリングに上がるロマゴンはもはや昨日までのPFP1位の世界最高ボクサーではありません。微妙な判定とはいえ、この敗北でその評価が暴落してしまうことは避けられません。

井上が目指していたのは世界最高の評価を受けるボクサーであって、それがロマゴンだったということですから。その金看板を下ろしたロマゴンと戦う意味は、今や半減どころじゃ済みません。

日本人がPFP1位のボクサーと戦うのは、まだこの概念が定着していなかった時代にファイティング原田が破ったエデル・ジョフレ以来でしょうから返す返すも残念です。ちなみにジョフレはリング誌の1960年代PFPで、あのモハメド・アリを抑えてPFP1位に輝いた猛者です。


【1960年代PFP:ジョフレが1位、アリ2位というランキングに原田の名前が5位にプリントされています】

さらにメインイベントで登場した文句無しのミドル級王者ゲンナディ・ゴロフキンが接戦の末にダニエル・ジェイコブスに小差判定勝ち。専門家もメディアもファンも確実視していたウィルフレド・ゴメスの持つ連続KO防衛記録17の更新にまさかの〝失敗〟。ゴロフキンが「過去最強の相手」と警戒していた通りの内容になりました。

この試合、IBFが課す当日計量をジェイコブスがパス。IBFタイトルはゴロフキンが勝ったら防衛、ジェイコブスが勝ったら空位ということになります。この当日計量の目的はボクサーの「安全」管理です。前日計量の主な目的が急激な減量で体調を大きく崩したままリングに上がらないための「健康管理」である一方、当日計量は前日計量から大幅に体重を増やして有利な体重で戦う不公平、対戦相手が明らかに体重の重い相手と戦う危険を避けるための「安全管理」です。

これをパスするということは「10ポンド以上のリバウンドを禁じる」というIBFルールに抵触していたからに他なりません。ジェイコブスは当日朝の計量時間で少なくとも170ポンドはあったはずです。だから秤に乗らなかったわけです。それ以外の理由は考えられません。

MLBをはじめ、世界のメジャースポーツの世界を巻き込んだドーピングスキャンダルの張本人、元バルコ社のビクター・コンテがジェイブスの練習をサポートしていました。ドーピングを知り尽くしたコンテ博士は「ダニーは朝8時の段階で176ポンドあった。リングには178〜180(81.6キロ)で上がるだろう」と認めています。ジェイコブスはトレーニングの最後の4週間をコンテの施設で過ごしたそうです。

ミドル級の160ポンド(72.6キロ)から10キロ近い増量、2階級上のライトヘビーでも175ポンド(79.38キロ)が上限ですから、3階級上のクルーザー級の体重でミドル級の試合に臨んだことになります。もちろん、IBF以外の団体ではルール違反ではありませんし、前日計量の盲点を突いたリバウンドはフリオ・セサール・チャベスJrやカネロ・アルバレス、日本ではバンタム級時代の長谷川穂積らも常套手段としていた立派な戦略ですが、IBFの安全管理の考え方が正しいように感じます。

悪名高いコンテにしても今は「栄養・サプリメントの専門コンサルタント」として更生してるようですから、ジェイコブスには非はありません。

ただ、私たちが見ている「ミドル級」の試合が、実際には「ミドル級VSクルーザー級」だとしたら、やはり現在のシステムには深刻な問題が潜んでいるように見えます。「前日軽量からどれだけリバウンドできるかもボクサーとしての資質の一つ」として捉えるか、「体重階級制のスポーツなのだから(脱水状態から回復しないままリングに上がるとしても)当日軽量に戻すのが公平」なのか。

やはり、脱水状態でリングに上がることがないよう健康に配慮した「前日」と、体重格差の不公平と安全を鑑みた「当日」の2段階の軽量が理想的だと思います。