令和8年10月17日。クライマックスシリーズ、セ・リーグ最終ステージ第4戦。甲子園に詰めかけたのは、4万2,648人。
阪神はこの試合に負けて、日本シリーズ進出が消滅してしまいました。
同じような大一番が、いまから53年前の昭和48年、10月22日にもありました。運命の舞台は、やはり甲子園。観客は4万8,000人(主催者発表=当時は実数発表ではなく、かなり盛られた数字でした)。
53年前の相手は横浜ではなく、巨人。首位の阪神が64勝58敗7分、2位の巨人が65勝60敗4分、ゲーム差0.5。両チームとも残り試合はこの1試合。阪神は勝つか引き分けで優勝。巨人は勝つしかありませんでしたが…。
巨人打線が5回まで毎回得点で8点を積み上げ、高橋一三は阪神を完封。0−9の惨敗を喫してしまいます。

そして、怒り狂った阪神ファンがグラウンドに乱入、巨人ベンチを襲うという暴挙を働くのです。下駄や靴を投げつけ、選手の道具を奪う狂虎(タイガー・ジェット・シンではありません)たち。今朝の産経新聞・産経抄によると王貞治のファーストミットまで奪ったというのです。
53年後のタイガースファンは横浜ベンチを襲撃、牧秀悟にスニーカーを投げつけバットを奪うとかはしないで、勝者に暖かい拍手を送るのでした。
人格者、王貞治は「しばらくすると(道具類は)返ってきました。確かに暴動は良くないけど、あの頃のファンは良心的な部分も持っていましたね。あとで『カッとなって申し訳ないことをした』という気持ちになったんじゃないでしょうか」と、どこまでも寛容に振り返っています。
「あの頃のファンは良心的な部分も持っていましたね」…グラウンドに素顔を晒して怒鳴りながら巨人ベンチに襲いかかったファンは、53年後はSNSの闇から監督や選手に罵詈雑言の毒矢を放つ卑劣な暴徒と化しました。
なんというか、まあ、時代です。警備が厳しくなった現在、グラウンドに降りても相手ベンチまで辿り着くのは至難の業です。万一、ベンチに乱入して狼藉を働くと威力業務妨害罪や暴行罪、窃盗罪などの重罰を科されます。
横浜の選手にも阪神の選手にも暖かい拍手を送るファンのいる今の方が素晴らしいに決まっています。選手にとっても、王や長嶋でなければヘタなタイトルホルダーよりも上場企業の役員の方がはるかに年収が高く、MLBなど夢ですらなかった時代です。
学校でも会社でもハラスメントなんてもんじゃない暴力が横行、男尊女卑も今とは別次元。
私が少年時代を過ごしたのは、そんな時代の残滓みたいな頃で、ハラスメントもコンプライアンスもジェンダーも大谷翔平も存在しませんでした。
小学校高学年〜高校の7年あまりを生活した南大阪や阪神エリアは、暴力が当たり前にある理不尽と不条理がぐるぐる渦を巻いてる環境でした。
まー、考えられないほど無茶苦茶でしたわ。大学時代に完全滅菌室で育ったような同級生らから「嘘ついちゃダメ。日本にそんな町ないから」と言われたこともありました。
それでも、自分が10代に呼吸していた時代です。
「今とどっちが良い時代?」と聞かれたら、迷わず「今に決まってるやろ!なに言わすんじゃボケ!」とパワハラ寸前に威圧するかもしれませんが、「今とどっちが好き?」と聞かれると、答えに困りますね…。
あの頃は、なんだかんだ言っても、みんな良心的な部分も持っていましたし…あ!俺も王貞治クラスの人格者なのかもしれん!!!
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