リング誌が慢性的な販売不振・経営難から廃刊に追い込まれたのは、2022年のことでした。

多くの記者が離脱、専属のスタッフはほとんどいなくなったリング誌はページ数を大幅に減らしながら、2015年には月刊体制が崩壊、年9回発行の不定期季刊に。

それでも、過去の記事を焼き直す特集号で延命処置を続けたのは「創刊100周年の節目までは何とか発刊したい」という思いだけだったでしょう。

CC4lAqAW0AAZ2O_


1922年のリング誌創刊号⬆︎はスーツ姿のテックス・リカードと、英国貴族ロード・ロンズデール。

リング誌最終号は2022年11月/12月合併号⬇︎。その表紙は100年前の創刊時、ボクシングが堂々のメジャースポーツだった時代に活躍していたジャック・デンプシーでした。


スクリーンショット 2026-03-22 8.30.49


この最終号で、ダグ・フィッシャー編集長は「NOT A GOODBYE(さよならは言わないよ)」のタイトルで表紙に込めた想いを伝えています。

「創刊50周年記念号で当時のナット・フライシャー編集長は、創刊号に(スポーツファンどころか大衆からも尊敬された)デンプシーではなくプロモーターのテックス・リカードとロード・ロンズデールにしてしまったことは大間違いだったと認めています。そして、いま読者にお届けするのは100年前にデンプシーを起用していたらこうなっていただろうというという表紙です」。

FullSizeRender


2023年末、沈没したリング誌を引き揚げたのはサウジアラビア。

「リヤドシーズンの記事を優先することはない。編集には一切関与しない」(サウジアラビア総合娯楽庁のトゥルキ・アル=シャイフ長官)ということでしたが、その内容は明らかにリヤドシーズン寄り。

そもそも、リング誌の名前を全面に出して事実上のプロモート業にも乗り出しているのですから「公正なメディア」であることは不可能です。

さらに、表紙やリング誌表彰の記念撮影でも長官が主役。

スクリーンショット 2025-02-07 23.15.38
スクリーンショット 2025-02-23 12.31.50

2022年に廃刊となったリング誌の意思を継ぐのではなく、現在のTHE RING MAGAZINE はサウジアラビア・総合娯楽庁のボクシング宣伝誌です。

前置きが長くなりました。

「The RING Magazine を物質的に検証する。」です。

サンプルは2026年3月号と、ちょうど10年前の2016年3月号。

IMG_3817

⬆︎2016年(左)は「COLLISION COURSE(激突の宿命)」のヘッドラインでカネロ・アルバレスとゲンナジー・ゴロフキンのミドル級決戦を期待する表紙。

しかし、カネロ陣営はさらに対戦を引き延ばし、実際に試合が行われるのは翌2017年9月16日のことでした。

写真右は2026年、各種表彰の特集。女子FIGHTER OF THE YEARに輝いた晝田瑞希が6ページぶち抜きで紹介されました。井上尚弥が男子FIGHTER OF THE YEARに選出されたのは2023年で、リング誌は廃刊状態だったこともあり、個人で特集された記事としては日本人最長です。

米国版とサウジ版、雑誌サイズは同じと思ってましたが、並べるとサウジ版は縦が短くなっていました。

IMG_3818


ページ数は米国版が98、サウジ版が96とほぼ同じですが、⬆︎サウジ版の方が明らかに分厚い。

これは紙質のせいで、1枚の厚みがそもそも違うせいです。米国版は欧米の雑誌によくあるペラペラの頼りない紙でしたが、サウジ版はしっかりしたカタログ雑誌のよう。

ポストに届いたサウジ版を最初に手に取ったとき、その重量感から封筒の中身がリング誌だとは思いもよらず「なんだっけ、これ?」と開けるまでリング誌とは思いませんでした。

IMG_3820

口座引き落とし先がUAEだったのに、⬆︎ベルギーから届けられていることも封筒の中身をリング誌だと思えなかった一因です。

ベルギーで印刷してるのか?

IMG_3819

裏表紙は⬆︎カタールの観光業VISITQATAR(2016年3月号)と、米国チケット販売のBARRYS TICKETS(2016年3月号)。

そして、広告ページがほとんどなかった米国版からサウジ版はサウジはもちろん、UAEやカタールなど湾岸諸国の企業広告がいくつも彩っています。

イスラム圏以外の広告はDAZNがあるくらいで、レイジェスもウィニング、ナイキのボクシングギアの広告も見当たりません。