Saturday 2, May 2026
TOKYO DOME TOKYO
COMMISSION:Japan Boxing Commission
Promoter:Hideyuki Ohhashi
Event Title:
view on Lemino
5月2日のTHE DAYまであと50日あまり。
ボクシング・ビート3月号で「井上尚弥×中谷潤人に受け継がれる 日本のスーパーファイト伝説」が特集されています。
「ピストン堀口vs笹崎僙(1941年5月28日:旧両国国技館)」「ファイティング原田vs青木勝利(1964年10月29日:蔵前国技館)」「小林弘vs沼田義明(1967年12月14日:蔵前国技館)」「薬師寺保栄vs辰吉丈一郎(1994年12月4日:名古屋総合体育館)」「畑山隆則vs坂本博之(2000年10月11日:横浜アリーナ)の5試合が紹介されています。
私がリアルタイムで知っているのは「薬師寺vs辰吉」「畑山vs坂本」の2試合ですが、例えば現在開催中の野球WBCのように〝日本中の関心を集めた〟かというと微妙な気がします。
世界タイトルがかかっていない「ピストンvs笹崎」(この時代はJBC発足前なのでそもそも世界タイトルに挑戦できませんでした)と「原田vs青木」の熱狂は時代背景はあるとはいえ、当時の文献や語り伝えからも〝野球WBC〟レベルの盛り上がりだったと想像できます。
この5試合と比較したTHE DAYの国民的関心度は「畑山vs坂本」以上「薬師寺vs辰吉」未満という位置付けでしょうか。

ジュニア階級を認めていなかった当時のリング誌ランキング。バンタム級にゴメス、フライ級に具志堅がリストアップされています。
さて、今日はボクビー風にいうなら「世界の軽量級 スーパーファイト伝説」をピックアップ。
まずは「上には上がいる!!!」という衝撃の三部作。
最初の作品は「カルロス・サラテvsアルフォンソ・サモラ(1977年4月23日:カリフォルニア州ロスアンゼルス イングルウッド/フォーラム)のZボーイズ対決。
WBCバンタム級王者のサラテが45戦全勝44KO、WBCどう級王者のサモラが29戦全勝オールKO。
この試合は統一戦ではなく、ジュニアフェザー級契約のスーパーファイトでした。
アンダードッグだったサラテが第4ラウンドTKOでサモらを粉砕、翌1978年10月28日に敵地プエルトリコ・サンファンのロベルト・クレメンテ コロシアムに乗り込みます。標的はWBCジュニアフェザー級王者ウィルフレド・ゴメス。
このとき、サラテは52戦全勝51KOまで戦績を伸ばし、迎える〝バズーカ〟ゴメスは22戦21勝21KO1分。今度はフェイバリットでリングに上がったサラテでしたが減量失敗も祟って(今なら体重超過で平気な顔で試合に臨んでいたでしょうが、当時はタイトルの価値が高かった時代でした)第5ラウンドでゴメスのバズーカ砲に沈められてしまいました。
33戦32勝32KO1分、13度の防衛全てをKOで終わらせる怪物記録を更新中のゴメスは2階級制覇を狙って、WBCフェザー級王者サルバドル・サンチェスにアタック。
舞台は、ネバダ州ラスベガス、シーザースパレス。
サンチェスは40勝30KO1敗1分。ゴメスと比べると戦績に派手さは乏しく、「サルディバル2世」という呼び声も過大評価と見られていましたが…。
ゴメスはその後、ジュニアライト級まで3階級制覇。サンチェスは最後の試合となったアズマー・ネルソン、タイトルを奪ったダニー・ロペスと殿堂入りするファイターを撃破。
メキシコ史上最高のファイターは誰か?

多数決ではフリオ・セサール・チャベスでしょうが、その対抗馬に必ず上がるのが複数階級制覇をしていないサンチェス。
史上最高試合と呼ばれたトーマス・ハーンズとの決戦を制したシュガー・レイ・レナードと、リング誌のFighter Of The Yearを分け合ったサンチェス。
旬の強豪から逃げ続けたカネロ・アルバレスとは全く異なるメキシカンでした。
コメント
コメント一覧 (2)
なんでこんなに面白く当たるのだろう?
サンチェスも何打ってもカウンターできる。
米国でも在米メキシカンが多くWBCの王者サンチェスを英雄にしていました。
やはり個性あり強い選手同士の決闘は
心をそそります。
サンチェスとチャベスはメキシカンの天敵
米国ボクサーを倒してくれる
希望と象徴と憂さ晴らしだったとおもいます。
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
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