
リング誌1990年1月号。
それまでも、年間表彰に組み込まれたThe Best Fighter Poll がありましたが、「PFP」と銘打った定期的に発表されるランキングはここから。
その意味では。1989年以前のファイターはPFPランキングには関わりようがなかったということです。
記念すべき第1回にはフェザー級のアントニオ・エスパラゴサ(5位)、バンタム級のラウル・ペレス(8位)、ジュニアバンタム級のヒルベルト・ローマンが軽量級でランクイン。
杉谷満がエスパラゴサに勝っていたら、日本人初のリング誌PFPファイターは山中慎介ではなかった?
ラウル・ペレスに勝ったグレグ・リチャードソンをTKOした辰吉丈一郎も巡り合わせが良ければPFPファイターだった?
そして、ローマン。このときは、渡辺二郎からタイトルを奪った第1期ではなく、第2期王朝。シュガー・ベビー・ロハスからタイトルを奪うも、初防衛戦で内田好之にダウンを喫するなど盤石の王者とは言えませんでした。
渡辺二郎が事実上のUndisputed championになった頃にPFPランキングがあったなら、文句なしでリストアップされていたでしょう。
ローマンは1990年6月27日、自動車事故で天国に呼ばれてしまいます。まだ28歳の若さでした。

続いて、1991年1月号のPFP。
マイク・タイソンをKOしたバスター・ダグラスが6位に。
マイケル・ナンが3位…世の中、フシ穴だらけです。
エスパラゴサがランクを上げて4位。ペレスが8位をキープ。9位にウンベルト・ゴンザレス、10位に柳明佑。フェザー級以下から4人がランクイン。
具志堅の時代にこのランキングが存在していたら、10位以内は確実。どこまで順位を伸ばしていたでしょうか?

1992年1月号。
1年前に10位だった柳はじわじわと順位を上げて6位に。この号では反映されていませんが、1991年12月に井岡弘樹が柳からタイトルを奪う大金星をあげています。
1990年からスタートしたリング誌PFPの36年の歴史で、現役PFPファイターに勝ったのは井岡弘だけ。しかし、6位の柳を破ったもののPFP入りはならず。
柳の他に軽量級から、バンタム級のオルランド・カニザレスが8位、ジュニアバンタム級のカオサイ・ギャラクシーが9位にランクイン。

1993年1月号。
1位のフリオ・セサール・チャベスと2位のパーネル・ウイテカーが雌雄を決するのですが、井上と中谷はどんな順位で激突するのでしょうか。
軽量級ではバンタム級のカニザレスが5位、ジュニアバンタム級の文成吉が9位。この頃からPFPはジュニアバンタム級贔屓だった?
日本人がランクされていないのが不思議です。
ジュリアン・ジャクソンが8位。これも意外。

1994年1月号。
4位にジュニアフライ級のマイケル・カルバハル、6位にバンタム級のカニザレス、9位にジュニアフェザー級のケネディ・マッキニー、10位にリカルド・ロペス。
ロペスと拳を交え、カルバハルとの対戦計画もあった大橋秀行がこの2人を撃破していたら…妄想ランキングで妄想するのも、また楽しからずや。
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