リング誌2月号「FIGHT DOCTOR」に補足・修正。

A CUT ABOVE〜ワンランク上(のカットマンは何が違うのか)

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筆者はVADAのファウンダー、マーガレット・グッドマン博士。


ボクシングの試合でカットは付きものといっても良いが、試合を止めるほど危険な状態なのかを判断するのは難しい。

出血や腫れを抑える技術がカットマンによって大きな差があるのはご存知の通り。

コネチカット州の格闘技を統括するボクシング委員会で主任のリングドクターをつとめるマイケル・シュワルツ博士は30年近くもこの仕事に携わってきた。

「どこをどれだけカットしたのか?それは非常に重要だ。目の上をカットして出血してしまうと視界が妨げられ、適切な防御がとれない。カットが深すぎると、治癒してもまたカットしやすくなることもある。鼻の側面、内側をカットし大量出血した場合は、骨折の疑いがあり注意が必要だ。額や頭皮のカット(多くの場合はバッティングによって引き起こされる)は血管を傷つけていなければ、骨まで届く深いカットでない限り危険ではない。

リングドクターはカットがファイターの防御能力に影響しない限り、試合を止めるべきではないと考える。

試合中にコーナーが使用を許される化学物質は「ワセリン」と総称される、アドレナリン(エピネフリン)濃度1/1000、アビテン、トロンビンの三つだけ。

アドレナリンは血管を収縮させ出血を軽減する働きがある。コラーゲンで構成されるアビテンには、血小板を活性化させ、短い時間で血栓を作る。トロンビンは出血を遅らせる効果がある局所酵素。



今年、殿堂入りを果たすカットマンとして有名なトレーナー、ラス・アンバーはオレクサンデル・ウシクやワシル・ロマチェンコ、デオンティ・ワイルダー、ジャン・パスカル、チャド・ドーソンらのコーナーを守ってきた。

アンバーは語る。「カットマンには、60秒の時間しか与えられない。そこで何をするのが効果的かを冷静に、そして瞬時に判断しなければならないのだ。私が使うのはアドレナリン1/1000だけ。アビテンやトロンビンと使い分けるカットマンがいるが、選択肢が増えることは迷いにつながる」。

さらに、64歳のカナダ人のカットマンは綿棒を自分で作っている。小さな綿棒で何度も塗るのは時間のロスだけでなく、傷口をさらに痛めかねない。

「市販の綿棒は小さすぎる。大きな傷口にもフィット、より多くのアドレナリンを塗布できるように心がけている。傷口を乾燥させ、圧迫し、それから塗布する」。

「凝固効果は数分で現れるが、その間に対戦相手から追撃を受けると事態は変わってしまう。賢いファイターは、コーナーマンの意図を読み取ってくれるが『カットしたから止められる前に総攻撃を仕掛けなければならない』と打撃戦に突っ込んでいくファイターには困ってしまう」。

「十分な環境が用意されないクラブファイターはカットマンを雇う余裕がなく、コーナーは綿棒しか持っていない1人だけということもある。これは非常に危険な事態だ」。

「リヤドシーズンのイベントでは、使い捨てのアドレナリンボトルが用意されている。コストはかかるが入手しやすく、同じボトルを複数のファイターで使い回すことで引き起こされる感染リスクも回避できる。

使い捨てボトルはニューヨーク州アスレティック・コミッションなども義務付けており、資金力のある州から徐々に広がりを見せている。

カリフォルニア州アスレティック・コミッションの主任医師ポール・ウォレス博士は「1%ルール」を推奨。カットを1日あたり1%、100日計画で治癒するプログラムだ。

皮膚が治療に耐えられるだけの伸縮強度を取り戻してから施術を進めるのだ。

「止血」「炎症」「増殖(新しい組織で再構築される)」「成熟(裂傷箇所の組織が強化される)」という4つの段階を踏んで治療は完結する。

新しい血管が形成される時期は最も大切で、この時期に焦って練習をして再びカットしてしまうのは最悪の事態。いわゆる「カットが癖になる」皮膚のまま、完治しない危険を孕む。

もちろん「100日」というのは一つの目安に過ぎない。

カットの程度だけでなく、加齢に伴う皮膚の状態、遺伝や解剖学的な身体構造、過去のカット経験、高血圧や糖尿病などの既往症…様々な個体差を考慮、さらにそれぞれの段階での回復具合を見ながら慎重に進める必要がある。

また、一部で誤解されているが、アスピリンやモトリン、アリーブ、などの抗炎症薬は試合直前に服用すると出血を悪化させる危険がある。

禁止物質のアナボリックステロイドなどパフォーマンス向上薬、アルコールも出血や顔面の腫れを助長する。

そして、どんなことにも共通しているが、最も大事なことは予防だ。

健康的な食生活を普段から心がけること。十分な栄養を摂取すること。

過酷な減量で痩せ衰えた肉体で試合前日に秤に乗り、たった10時間ちょっとで一気に水分を取り戻す、それは目の前の試合への帳尻合わせでしかない。