4KINGSを見てアメリカのボクシングに惹きこまれ、シュガー・レナードの傲慢に「結局、ボクシングなんてAサイドが好き勝手できる茶番じゃないか」と幻滅しました。

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そんなときに現れたのが、マニー・パッキャオでした。

いや、正確には「そんなとき」ではありません。

私はもっと以前、1998年5月18日の後楽園ホールで彼を見ていたのです。

パッキャオではなくパキーロと紹介された彼は寺尾新を初回で粉砕しました。

深夜のテレビの録画で白井義男が「面白い選手ですね、また見てみたい」と褒めていました。

しかし、フィリピン人ボクサーは力任せのパンチャーと、噛ませ犬の2種類しかいないと思っていた私は「この名前にQの付く突貫ファイターは前者でいずれ後者になるだろう」としか考えませんでした。

そのパキーロが同じ年の12月4日にWBCフライ級王者チャチャイ・ダッチボーイジムに挑戦することを知ったときも「ボクサーとしての完成度が高いタイ人王者には無茶ぶりのパンチは当たらない。完全敵地で灼熱の屋外リングで消耗して惨敗する」と、そんな予想をしていました。

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鮮烈なラスベガス・デビューを飾り、あのマルコ・アントニオ・バレラまでストップしたときでも「アジアの軽量級ボクサーに想定できる最長不倒の地点に辿り着いた」と興奮しました。

それでも、バレラやエリック・モラレス、ファン・マヌエル・マルケスという軽量級では考えられない人気と実力を持つメキシカンと総当たりする幸運と、その包囲網を突破する実力に感動はしましたが、非メキシカンの軽量級が登れる山でこれ以上の高みはないと、そんな感覚でした。

軽量級が中心の日本で、こんな強烈な幸運と実力に恵まれるファイターがいつか生まれるだろうか?

いや、富裕な日本で才能を認められた才能が噛ませ犬や完全Bサイドのリングに上がることは絶対にないな、そんなことも思いながら。

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 かつて原宿にあった「パッキャオジム」。


マニーの話をして、マネーの話をしないのは2015年を語るのにあまりにも不公平、いや不十分なので、マネーもしましょうか。