将来、殿堂入りするかもしれないファイターを the forgotten man(忘れられた男)と呼ぶのは、どこか違和感がある(BOXINGSCENE)。
米国で日本の試合を見るには、夜明け前に起きるしかない。そんなことをするのは、減少一途のボクシングファンの中でもほんの一部のボクシングマニア、さらにその中でもよほどのカルトだけ。
今回の井岡の試合は米国で見る方法が現時点でもわからない。夜明けに起きてもDAZNでもESPN+でもサクラ(日本)チャンネルに合わせても配信されないのだ。カルトなマニアはどうして良いのか、身悶えしてイラついているだろう。
しかし、それは米国での話。
井岡は日本ではthe forgotten manではないが、井上尚弥に隠れてしまっている。
非常にわかりにくいボクシングをすることもある井岡と、非常にわかりやすいボクシングをする井上。
それだけでなく、価値や人気を多様化させるよりも、1人に集約・偏向させる傾向が強い国民気質も影響しているかもしれない。
大谷翔平は傑出した存在だが、野球はもちろん、他の競技にも彼ほどではなくても十分な実績を残しているアスリートが何人もいる。
それなのに、報道や人気の差は、まるで地球上に彼しか活躍していないかのようだ。
大谷とトップアスリートの差よりも、井上と井岡の差は小さいが、それでも関心が井上に偏りがちな最大の要因はやはりこの国民性に行き着くかもしれない。
2008年の北京五輪出場を逃した小さな少年は、迷わずプロに転向した。
層の薄い軽量級の中でも最も競技人口が少ないストロー級で、最初のタイトルをピックアップ。その相手は非常に評価の高いWBC王者オーレイドン・シスマーチャイで、井岡は5ラウンドでノックアウトしてみせた。
それに必要だったのは、プロでわずか6戦、時間は1年10ヶ月だけで十分だった。
WBA王者の八重樫東に勝利して、史上初の日本人対決での団体統一に成功する。この時点でPFPのドアをノック。
しかし、当時の所属ジムは井岡をプロテクトする。これがPFPのドアを開くのに誰も予想できなかったほど時間がかかった最大の原因だ。
2012年11月17日、WBAジュニフライ級王者ローマン・ゴンサレスがファン・フランシスコ・エストラーダを下して5度目の防衛に成功、スーパー王者に格上げされると、翌月に井岡はホセ・アルフレド・ロドリゲスとの決定戦に勝利してレギュラー(セカンド)王座に就く。
井岡と同じようにストロー級から2階級制覇、やはり井岡と同じように専門家やマニアから高い評価を受けていたが、やはり井岡と同じようにPFPリストにその名前はまだ刻まれていなかった。

しかし、すでにローマン・ゴンサレスはローマン・ゴンサレスだった。
慧眼の識者たちは声を揃えた。
「ESPNやリング誌のPFPリストは想像力に欠落しすぎている。誰がどう考えても階級を無視した最強はゴンサレス」。
WBAはジュニアフライ級の王座統一をオーダーしたが、井岡ジム(父・井岡一法)はゴンサレス戦を回避。このとき、親子の間に最初の亀裂が生じたと考えることに、なんの不自然もない。
ゴンサレスのフライ級転向で井岡は正規王者に昇格、晴れて2階級制覇。
そして、のちの世界フライ級王者で当時無敗のフェリックス・アルバラードをレッスンした井岡はチョコラティトを追うようにフライ級へ。
しかし、いきなりのタイトル挑戦はアムナット・ルエンロンに絡め取られてのSD負け。プロ初黒星だったが、井岡を支持する声は108−119をスコアしたヒルトン・ウイテカよりも圧倒的多数派だった。
それでも2015年4月、WBAフライ級レギュラー王者のファン・カルロス・レベコを競り落とし、ジェフ・フェネックを上回る史上最速18戦目での3階級制覇に成功。
2016年。レベコとの再戦を11ラウンドストップ勝ちと、より明白な形で終えた井岡はWBAスーパー王者のエストラーダとの対戦が既定路線になる。
しかし、エストラーダはチョコラティトを追ってスーパー王座を返上、ジュニアバンタム級へ上がる。
当時から、チョコラティトもガジョも井岡との対戦も望んでいたが、その三角関係でも井岡の影は薄かった。
2017年。井岡父子の確執はもはや修復不能なまでに膨れ上がってしまう。
井岡の引退が〝偽装〟であったことは、わずか7ヶ月後にトム・ロフラーと契約、パチンコメーカーがスポンサーに付いた手際の良さからも明らかだった。
ジュニアバンタム級でのカムバック、最初の世界戦は日本を離れたマカオのカジノでドニー・ニエテスと争った空位のWBCストラップ。
On New Year’s Eve in 2018, Ioka lost a split decision to Filipino legend Donnie Nietes for the vacant WBO junior bantamweight title. Some at ringside felt Ioka deserved the nod.
この試合も唯一の敗北と同じSDで落としてしまうが、リングサイドの専門家たちにの間では「井岡が勝っていた」という声も少なくなかった。
He deserves better.
井岡はもっと評価されるべきだが、勝てなかった三つの試合が彼のボクシングのわかりにくさを象徴している。SDの二つの敗北と、MD引き分け。
テレビを見たボクシングを見慣れていないファンと、やはりまともではないジャッジには、アムナットとニエテスの試合は「井岡の完敗」としか見えなかった。しかし、多くの専門家は「試合をコントロールしていたのは井岡」と評価した。
引き分けたジョシュア・フランコとの試合も同様で、パンチスタッツの数字も井岡を支持するものだった。
「玄人うけする」というのは、プロの世界では決してありがたい言葉ではない。
ボクシングファンの多くは、チェスにも将棋にも囲碁にも詳しくない人種だ。
そして、彼らがチェスゲームを理解できないのと同じように、井岡はチェスゲームにしかならない戦略を選ぶことがある。
それはそれで、どちらも生き様だ。
ただし。
井岡一翔の現在地点については、間違いないことが二つある。
一つはファイティング原田以来、史上2人目のモダン部門での殿堂入りを果たす可能性があるほどの実績を積み上げていること。
そして、もう一つは、今夜のマルチネス戦では玄人うけするチェスゲームで勝利を逃すようなことがあると、もう取り返しのつかない、やり直しのきかない年齢とキャリアの段階に入ってしまっていること。
明白に勝って、14度目になる大晦日のビッグファイトでキャリア最高の勝利を収める道を開かなければならない。
父親と決別する原因になったチョコラティトとエストラーダとの試合は、もう手に入れることはできないだろう。
There is a Fight that cannot be lost,no matter what
それでも、なんの因果かチョコラティトよりも華があり、エストラーダを倒したバム・ロドリゲスが出現した。
ボクシング人生最後の時間帯に、キャリア最強の相手が立ち塞がる。
それが幸運なのか、それとも不運なのか。
井岡はそれを私たちに教えるためにも、今夜の試合には絶対に勝たなければならない。
米国で日本の試合を見るには、夜明け前に起きるしかない。そんなことをするのは、減少一途のボクシングファンの中でもほんの一部のボクシングマニア、さらにその中でもよほどのカルトだけ。
今回の井岡の試合は米国で見る方法が現時点でもわからない。夜明けに起きてもDAZNでもESPN+でもサクラ(日本)チャンネルに合わせても配信されないのだ。カルトなマニアはどうして良いのか、身悶えしてイラついているだろう。
しかし、それは米国での話。
井岡は日本ではthe forgotten manではないが、井上尚弥に隠れてしまっている。
非常にわかりにくいボクシングをすることもある井岡と、非常にわかりやすいボクシングをする井上。
それだけでなく、価値や人気を多様化させるよりも、1人に集約・偏向させる傾向が強い国民気質も影響しているかもしれない。
大谷翔平は傑出した存在だが、野球はもちろん、他の競技にも彼ほどではなくても十分な実績を残しているアスリートが何人もいる。
それなのに、報道や人気の差は、まるで地球上に彼しか活躍していないかのようだ。
大谷とトップアスリートの差よりも、井上と井岡の差は小さいが、それでも関心が井上に偏りがちな最大の要因はやはりこの国民性に行き着くかもしれない。
2008年の北京五輪出場を逃した小さな少年は、迷わずプロに転向した。
層の薄い軽量級の中でも最も競技人口が少ないストロー級で、最初のタイトルをピックアップ。その相手は非常に評価の高いWBC王者オーレイドン・シスマーチャイで、井岡は5ラウンドでノックアウトしてみせた。
それに必要だったのは、プロでわずか6戦、時間は1年10ヶ月だけで十分だった。
WBA王者の八重樫東に勝利して、史上初の日本人対決での団体統一に成功する。この時点でPFPのドアをノック。
しかし、当時の所属ジムは井岡をプロテクトする。これがPFPのドアを開くのに誰も予想できなかったほど時間がかかった最大の原因だ。
2012年11月17日、WBAジュニフライ級王者ローマン・ゴンサレスがファン・フランシスコ・エストラーダを下して5度目の防衛に成功、スーパー王者に格上げされると、翌月に井岡はホセ・アルフレド・ロドリゲスとの決定戦に勝利してレギュラー(セカンド)王座に就く。
井岡と同じようにストロー級から2階級制覇、やはり井岡と同じように専門家やマニアから高い評価を受けていたが、やはり井岡と同じようにPFPリストにその名前はまだ刻まれていなかった。

しかし、すでにローマン・ゴンサレスはローマン・ゴンサレスだった。
慧眼の識者たちは声を揃えた。
「ESPNやリング誌のPFPリストは想像力に欠落しすぎている。誰がどう考えても階級を無視した最強はゴンサレス」。
WBAはジュニアフライ級の王座統一をオーダーしたが、井岡ジム(父・井岡一法)はゴンサレス戦を回避。このとき、親子の間に最初の亀裂が生じたと考えることに、なんの不自然もない。
ゴンサレスのフライ級転向で井岡は正規王者に昇格、晴れて2階級制覇。
そして、のちの世界フライ級王者で当時無敗のフェリックス・アルバラードをレッスンした井岡はチョコラティトを追うようにフライ級へ。
しかし、いきなりのタイトル挑戦はアムナット・ルエンロンに絡め取られてのSD負け。プロ初黒星だったが、井岡を支持する声は108−119をスコアしたヒルトン・ウイテカよりも圧倒的多数派だった。
それでも2015年4月、WBAフライ級レギュラー王者のファン・カルロス・レベコを競り落とし、ジェフ・フェネックを上回る史上最速18戦目での3階級制覇に成功。
2016年。レベコとの再戦を11ラウンドストップ勝ちと、より明白な形で終えた井岡はWBAスーパー王者のエストラーダとの対戦が既定路線になる。
しかし、エストラーダはチョコラティトを追ってスーパー王座を返上、ジュニアバンタム級へ上がる。
当時から、チョコラティトもガジョも井岡との対戦も望んでいたが、その三角関係でも井岡の影は薄かった。
2017年。井岡父子の確執はもはや修復不能なまでに膨れ上がってしまう。
井岡の引退が〝偽装〟であったことは、わずか7ヶ月後にトム・ロフラーと契約、パチンコメーカーがスポンサーに付いた手際の良さからも明らかだった。
ジュニアバンタム級でのカムバック、最初の世界戦は日本を離れたマカオのカジノでドニー・ニエテスと争った空位のWBCストラップ。
On New Year’s Eve in 2018, Ioka lost a split decision to Filipino legend Donnie Nietes for the vacant WBO junior bantamweight title. Some at ringside felt Ioka deserved the nod.
この試合も唯一の敗北と同じSDで落としてしまうが、リングサイドの専門家たちにの間では「井岡が勝っていた」という声も少なくなかった。
He deserves better.
井岡はもっと評価されるべきだが、勝てなかった三つの試合が彼のボクシングのわかりにくさを象徴している。SDの二つの敗北と、MD引き分け。
テレビを見たボクシングを見慣れていないファンと、やはりまともではないジャッジには、アムナットとニエテスの試合は「井岡の完敗」としか見えなかった。しかし、多くの専門家は「試合をコントロールしていたのは井岡」と評価した。
引き分けたジョシュア・フランコとの試合も同様で、パンチスタッツの数字も井岡を支持するものだった。
「玄人うけする」というのは、プロの世界では決してありがたい言葉ではない。
ボクシングファンの多くは、チェスにも将棋にも囲碁にも詳しくない人種だ。
そして、彼らがチェスゲームを理解できないのと同じように、井岡はチェスゲームにしかならない戦略を選ぶことがある。
それはそれで、どちらも生き様だ。
ただし。
井岡一翔の現在地点については、間違いないことが二つある。
一つはファイティング原田以来、史上2人目のモダン部門での殿堂入りを果たす可能性があるほどの実績を積み上げていること。
そして、もう一つは、今夜のマルチネス戦では玄人うけするチェスゲームで勝利を逃すようなことがあると、もう取り返しのつかない、やり直しのきかない年齢とキャリアの段階に入ってしまっていること。
明白に勝って、14度目になる大晦日のビッグファイトでキャリア最高の勝利を収める道を開かなければならない。
父親と決別する原因になったチョコラティトとエストラーダとの試合は、もう手に入れることはできないだろう。
There is a Fight that cannot be lost,no matter what
それでも、なんの因果かチョコラティトよりも華があり、エストラーダを倒したバム・ロドリゲスが出現した。
ボクシング人生最後の時間帯に、キャリア最強の相手が立ち塞がる。
それが幸運なのか、それとも不運なのか。
井岡はそれを私たちに教えるためにも、今夜の試合には絶対に勝たなければならない。
コメント
コメント一覧 (2)
しかし、一翔は良いボクサーだと思いますので、フェルマルとは好試合を期待します。
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
しました