サウジアラビアの〝ボクシング・スーパーリーグ構想〟は、実に非常に奇妙な形をしています。

かつて日本も〝カネ余り〟の勢いでゴッホの「ひまわり」を買い、マイク・タイソンを招致しました。当時は、多くの人がバブルは永遠に続くと考えていました。そもそも、バブルの真っ只中では「バブル」などという言葉は存在しません。

しかし、あれは一夜の泡沫でした。日本列島は、ひまわりやタイソン、バブルの祭りに酔っていました。

サウジのカネ余りは、バブルに沸き立った日本とは違います。バブルではなく豊富な石油資源によって支えられたサステナビリティな繁栄です。

有限の化石燃料をサステナビリティと呼ぶのは倒錯しまくりですが、そもそもがお笑い種の流行語です。そういえば、私が小中学生の頃は「石油はあと30年で枯渇する」と言われていた記憶がありますが、世の中って本当にいい加減で間違いだらけです。




さて、ラスベガスで最大勢力を誇るカジノ&リゾート企業、MGMグループをして「招致合戦をする相手ではない」と、戦う前に戦意喪失、白旗を挙げさせたサウジアラビアと、バブル期の日本やラスベガスには大きな違いがあります。

まず、資金力の大きな格差。ラスベガスがメガファイトを招致するとき、その経済効果を考えてサイトフィー(招致する金額)を決めます。

フロイド・メイウェザーやマニー・パッキャオ、カネロ・アルバレスのサイトフィーは1000万ドル単位でしたが、それを補って余りあるネを落としてくれる宿泊客が訪れてくれるのです。

ボクシングは衰退産業で、一般のスポーツファンには名前を聞いたことがなくても、メイウェザーやパッキャオ、アルバレスはボクシングファンなら誰でも知っています。

井上尚弥がどうしてラスベガスに招致されないのかというと、ボクシングファンレベルですら無名だからです。サイトフィーまで支払って招致する対象ではないのです。

先日、マディソン・スクエア・ガーデンの興行に招かれた井上尚弥に多くの観客が気づかず、世界王者ですらないエドガー・ベルランガらの方に多くの人が集まり写真を撮られている光景にティモシー・ブラッドリーは「ここ(米国ボクシングシーン)では井上尚弥が何者なのかを誰も知らない。誰も彼と並んで写真を撮ろうともしないんだ」と現実を伝えていました。

当たり前です。ボクシングファンは日本と中国や韓国との区別もつきません。日本人がバルト三国を知らないのと同じです。

知らない、というよりも知ろうともしない、そもそもの関心がないのです。

さらに、ライト級が文字通りの軽量級で、そこからさらに軽いジュニアフェザー級など存在しないに等しい、それほど興味を持たれない事情も横たわっています。

もちろん、絶対的不人気階級でもメキシカンのスターが登場するなら、話が変わってきます。

パッキャオが神がかり的に幸運だったのはメキシカンのスター、それも軽量級では歴史的なスーパースターが3人も包囲網を形成してくれたからです。

一方の井上が手に入れたメキシカンはルイス・ネリが最高の名前…もはやメキシカン云々の次元で語ることもできない全く無名の雑魚。井上の運の悪さ、巡り合わせの悪さも神がかり的です。

No one knows who he is. Nobody cared to be next to him. No pictures.

こんな状況では、サイトフィーなど発生するわけもなく、だからラスベガスでメガファイトなど夢のまた夢なのです。



経済原理で動くラスベガスや日本と、サウジは根本的に違います。

ラスベガスや日本では招致したメガファイトに沸き立ちますが、サウジの国民は全く興味がありません。

首都リヤドのキングダム・アリーナのあの不気味な静けさには、違和感を通り越してゾッとします。それは国民性などという単純なものではありません。

かつて、ザイールのモブツ大統領やフィリピンのマルコス大統領が世界で最も有名な人物であるモハメド・アリのメガファイトを招致することで自らの権威を誇示し、国威発揚を狙いましたが、サウジの目的はそこにはありません。

そもそも、国民はタイソン・フューリーもオレクサンデル・ウシクも知らないのですから。

そして、招致合戦に敗れたラスベガスは「奴らがやってることはスポーツウォッシングだ」とは公には口にしません。

当たり前です。ラスベガスにとって最も巨額の金を落としてくれる乗客は、サウジの王族たちなのですから…。

ここで、正義(そんなものがあるとしたら)を振りかざす気は毛頭ありません。

サウジが標榜する「ボクシング界を長らく低迷させ、ファンを幻滅させ続けてきた大手プロモーターや、デタラメなランキングで王者を作り出す認定団体、テレビ局やネット配信の縄張り争い…そんな障害物を超えて最高のマッチアップを実現する」というスローガンは、ボクシングファンにとっては夢の話です。

ジのスポーツウォッシング事業が本格的に立ち上がるのがあと10年早ければ、無敗時代のアンソニー・ジョシュアとデオンティ・ワイルダーによるヘビー級完全統一戦も、あれほど難航することはなく、あっさり実現していたでしょう。

あるいは15年早ければ、メイウェザーvsパッキャオも。


Big numbers have been tossed around - $2billion,according to The NewYork Times.  
〜ニューヨークタイムズによると(リーグ立ち上げの初期費用として)巨額の資金、20億ドル(約3200億円)が準備されたという。


さて、サウジが米英のプロモーターに持ちかけ、来年に立ち上がる計画のElite Leagueです。

人気階級12クラスから、欧米の人気選手15人を集めてリーグを編成するというもの。

12階級はヘビー級とそこに連なるクルーザー級、ライトヘビー、スーパーミドル級、ミドル級、ジュニアミドル級、ウエルター級、ジュニアウェルター級、ライト級と、その他(招待階級)になる模様。

腰が重いのは、超大物カネロ・アルバレスと言われています。キャリアを通して対戦相手を選び続けることに慣れた陣営の頬を札束で叩いて、アラビア半島までのチャーター機に乗せることができるかどうか?注目です。

欧米で不人気階級、認知度も低い井上尚弥らは招待選手として、セミファイナルなどに起用されるかもしれません。しかし、サウジがタンク・デービスらを当ててきたとき、自身のペースで慎重に階級を上げてきた(アスリートとしては当然です)井上がカネと欧米向けの栄光のために首を縦に振るとは考えられません。

いずれにしても、このボクシング・スーパーリーグが本当に展開されるなら歴史が変わります。いっそのこと独自のチャンピオンシップ制を敷いて(リング誌買収なんて最高です)、腐敗し切ったアルファベット団体を駆逐するのも妙案です。

毒には毒を持って制す。

不人気階級で詐欺まがいのトーナメントを行ったWBSS(World Boxing Super Series)とは、真逆のサウジ・スーパーリーグ。

ヒルベルト・メンドサをはじめ認定団体の腐敗チェアマンたちが戦々恐々とし、英米のプロモーターが喜色満面で参拝するサウジアラビア。

エディ・ハーンやフランク・ウォーレンは、アリのような尊厳のためではなく、カネだけのためにイスラム教への改宗も考えているかもしれません…。