「強い相手としか戦わない」

それは彼なりの信念であったのでしょうが、そのキャリアを見れば現実的には「最も強い相手を選ぶわけじゃない」ということです。

さて「モンスターの悲しきニアミス名簿」の1ページ目をめくりましょう。



◉Junior -FLY(108lb) 

井上尚弥がWBCのストラップを6ラウンドTKO勝ちでアドリアン・エルナンデスから奪ったのは、2014年4月6日。

この頃のリング誌ランキングは①ドニー・ニエテス(のちにリング誌王者)、②井岡一翔、③モイセス・フエンテス(ニエテスに健闘したことで評価急上昇)、④アドリアン・エルナンデス、⑤ジョンリール・カシメロ、⑥ペドロ・ゲバラ、⑦フェリックス・アルバラード、⑧アルベルト・ロッセル、⑨井上尚弥、⑩ファーラン・サックリンJr.。

エルナンデスは、4団体で最弱と見られていた狙い目王者です。

他団体王者はWBAがアルベルト・ロッセル(12月31日に田口良一が挑戦・勝利)。

IBFがジョンリール・カシメロ。5月3日のマウリシオ・フエンテス戦で体重超過、秤の上でタイトルを失います。




WBOは2階級制覇となるドニー・ニエテスが2011年から王座に君臨、リング誌1位(2014年5月10日にモイセス・フエンテスをTKOしてリング誌タイトル獲得)で、もう誰がどう見ようが階級最強でした。

井上陣営は「世界初挑戦は慎重に」というだけでなく、超絶過酷な減量が前提で、危険極まる最強へのアタックは最初から眼中になかったでしょう。

当時のニエテスは「日本で戦いたい」とことあるごとにアピールしていましたが、他の日本トップ選手もあからさまに回避していた超強豪。井上陣営の判断は当然です。

9月5日に井上は、井岡のスパーリングパートナーだったサマートレック・ゴーキャットジムを相手に初防衛戦。

当日のウエイトは48.97kgで、前日計量から4.4kgのリバウンド。それでも、エルナンデス戦からは1kgも軽く、思い通りの体重調整ができなかったと見られていました。

11ラウンドTKOで初防衛に成功した21歳のモンスターは翌日に会見。減量が限界でタイトル返上を明らかにします。

大橋秀行会長も「減量の過酷さを見るとフライ級にはこだわらない」と、フライ級をパスすることを示唆。

この日のメインイベントには同門の八重樫東が、4度目の防衛戦に失敗。八重樫を圧倒したPFPファイターは帝拳がプロモート、マッチメイクは簡単に決まったでしょう。

ストロー、ジュニアフライに続いて3階級制覇したニカラグア人の専門家評価は「負けるパターンが想像できない」(リング誌)と天井知らず。「次は井上と戦いたい」と表明していましたが…。

あのタイミングで、事実上のPFPキングの評価を得ていたローマン・ゴンサレスと戦うのは危険極まりません。オッズは間違いなくアンダードッグ、勝敗予想も非常に厳しいものになっていたでしょう。

ビッグイフですが、あのタイミングで全盛期のチョコラティトと戦って万一、勝利を収めていたらーーーBoxing News24などがほざく「井上は弱い相手ばかりを選ぶ」なんて批判は口が裂けても言えなかったでしょう。

そして、瑣末なことですが、史上最短8戦目でPFP入りは確実でした。勝ち方によってはPFP1位の可能性までありました。

井上の転級について、Ring tv.も「井上がチョコラティトと対戦するなら、パッキャオvsバレラの再現になるかもしれない」と、アジア人が頂点評価の超強豪を大番狂せで破った伝説を持ち出していましたが…。

しかし、大橋会長が口にしていた通りに、フライ級を回避してジュニアバンタム級へと舵を切ることになります…。