モハメド・アリの引退によるボクシング人気の低迷と、シュガー・レイ・レナードから始まる中量級の時代。
オリジナル8の形が整った1920年代から1980年までの60年間は「ヘビー級が動くが如くボクシングは動く」といわれた60年間でした。

80年代から現在までの40年余りもヘビー級は特別な階級であり続けましたが、ヘビー級並みの大きな興行がウエルター級やミドル級で頻発するようになり「ヘビー級が動くが如く…」という表現は、このスポーツの実体を表すとは言えなくなりました。
私は、まさにそんな節目のタイミングで米国ボクシングに惹き込まれたのです。
リング誌はもちろん、総合スポーツ誌のスポーツ・イラストレイテッドでもボクシングはメジャースポーツに踏みとどまっているように、私の目には見えました。
もちろん、それは米国ボクシングを見始めたばかりの私の視点であり、70年代以前の米国ボクシングを知る人の目とは大きなギャップがあるのは当たり前です。
そんなわけで、私は全盛期のアリがどれほどの存在だったのかを、肌感覚では知りません。
…いいえ、実は知っています。つい最近の生々しい記憶として、まざまざまざと思い知らされています。
アリが亡くなった2016年6月にそれを、これでもかと、思い知らされました。
CNNをはじめ米国のテレビが葬儀の様子やアリの足跡を2日以上にわたってロングランで中継、他のニュースを報じるときでも小窓でアリのさよならパレードの様子などを映し続けていました。
大統領が亡くなってもここまではしないという、見たこともない報道に溢れていたのです。
不謹慎な言い方になりますが、マイク・タイソンやフロイド・メイウェザーが天寿を全うしたとしても、アリのような報じられ方をすることはありえません。

2016年、あれからもう8年も経ったなんて。
モハメド・アリの時代と現代…何もかもが変わってしまったように思えますが、人種差別の醜い炎は鎮まる気配を見せず、反吐の出る独裁者も絶滅していません。

そして、今週末。
モブツやマルコスが、モハメド・アリを〝招致〟したように、サウジアラビアがオレクサンデル・ウシクとタイソン・フューリーの対決を引っ張り込んだのです。
彼らの狙いは国威発揚でした。
モブツとマルコスは人民が貧困でああいでいるというのに、自らの権威を国の内外に見せつけるために、ヘビー級のメガファイトを呼びました。
この2人の本心は、五輪を招致したかったのかもしれませんが、そんなもん、国際世論から許されるわけもなく、五輪よりもわかりやすい、つまりカネでなんとでもなる世界ヘビー級チャンピオンを招き入れたのでした。
いや…当時の五輪は今よりもはるかにアマチュア色が強く、商業色もほとんどありませんでした。つまり、地味だったのです。
彼らは、五輪よりもカラフルな世界最強の男を自国に招き入れたかったのかもしれません。
アリの試合がアフリカとフィリピンに与えたインパクトは、アフリカきら優秀な黒人ボクサーが何人も生まれていること、フィリピンでボクシングが国技のように尊敬されていることからも簡単に想像ができます。
黒い肌でも偉大であること、ボクシングで頂点に立てば世界中から尊敬されることを、アリは二つの拳で伝導したのです。
しかし、サウジアラビアは裕福な国で、そもそもスポーツ観戦に熱心な国民性ではありません。まして、ハングリースポーツの代表であるボクシングなど(もちろんムスリムのアリは有名で尊敬されています)。
サウジは国際社会に対して、人権を疎かにするというマイナスイメージを、文字通り洗い流すこと、スポーツ・ウォッシングを目的に、カネを糸目をつけないやり方で、欧米スポーツを招致しているのです。
ボクシングというブラックホールは、モブツもマルコスもサウジも飲み込みます。ブラックホールはあっちの方かもしれませんし、どっちもブラックホールかもしれませんが。
このスポーツ(スポーツと呼べるのならば)はたびたび「清濁併せ呑む」といわれることがあります。
とんでもない誤解です。
清濁では「清」もあるような表現になってしまうじゃありませんか。
ボクシングの世界は〝濁濁〟併せ呑む世界です。

アリは日本を含めた世界でも問答無用に有名でした。
「モハメド・アリ」とは、ボクシングを知らない人にとっても「とにかくすごい人」だったのです。
モブツとマルコスは、そんな虎の威を借りたかったのです。
ひるがえって現在。米国はもちろん、日本でもウシクとフューリーを知っている人がどれほどいるでしょうか…?
オリジナル8の形が整った1920年代から1980年までの60年間は「ヘビー級が動くが如くボクシングは動く」といわれた60年間でした。

80年代から現在までの40年余りもヘビー級は特別な階級であり続けましたが、ヘビー級並みの大きな興行がウエルター級やミドル級で頻発するようになり「ヘビー級が動くが如く…」という表現は、このスポーツの実体を表すとは言えなくなりました。
私は、まさにそんな節目のタイミングで米国ボクシングに惹き込まれたのです。
リング誌はもちろん、総合スポーツ誌のスポーツ・イラストレイテッドでもボクシングはメジャースポーツに踏みとどまっているように、私の目には見えました。
もちろん、それは米国ボクシングを見始めたばかりの私の視点であり、70年代以前の米国ボクシングを知る人の目とは大きなギャップがあるのは当たり前です。
そんなわけで、私は全盛期のアリがどれほどの存在だったのかを、肌感覚では知りません。
…いいえ、実は知っています。つい最近の生々しい記憶として、まざまざまざと思い知らされています。
アリが亡くなった2016年6月にそれを、これでもかと、思い知らされました。
CNNをはじめ米国のテレビが葬儀の様子やアリの足跡を2日以上にわたってロングランで中継、他のニュースを報じるときでも小窓でアリのさよならパレードの様子などを映し続けていました。
大統領が亡くなってもここまではしないという、見たこともない報道に溢れていたのです。
不謹慎な言い方になりますが、マイク・タイソンやフロイド・メイウェザーが天寿を全うしたとしても、アリのような報じられ方をすることはありえません。

2016年、あれからもう8年も経ったなんて。
モハメド・アリの時代と現代…何もかもが変わってしまったように思えますが、人種差別の醜い炎は鎮まる気配を見せず、反吐の出る独裁者も絶滅していません。

そして、今週末。
モブツやマルコスが、モハメド・アリを〝招致〟したように、サウジアラビアがオレクサンデル・ウシクとタイソン・フューリーの対決を引っ張り込んだのです。
彼らの狙いは国威発揚でした。
モブツとマルコスは人民が貧困でああいでいるというのに、自らの権威を国の内外に見せつけるために、ヘビー級のメガファイトを呼びました。
この2人の本心は、五輪を招致したかったのかもしれませんが、そんなもん、国際世論から許されるわけもなく、五輪よりもわかりやすい、つまりカネでなんとでもなる世界ヘビー級チャンピオンを招き入れたのでした。
いや…当時の五輪は今よりもはるかにアマチュア色が強く、商業色もほとんどありませんでした。つまり、地味だったのです。
彼らは、五輪よりもカラフルな世界最強の男を自国に招き入れたかったのかもしれません。
アリの試合がアフリカとフィリピンに与えたインパクトは、アフリカきら優秀な黒人ボクサーが何人も生まれていること、フィリピンでボクシングが国技のように尊敬されていることからも簡単に想像ができます。
黒い肌でも偉大であること、ボクシングで頂点に立てば世界中から尊敬されることを、アリは二つの拳で伝導したのです。
しかし、サウジアラビアは裕福な国で、そもそもスポーツ観戦に熱心な国民性ではありません。まして、ハングリースポーツの代表であるボクシングなど(もちろんムスリムのアリは有名で尊敬されています)。
サウジは国際社会に対して、人権を疎かにするというマイナスイメージを、文字通り洗い流すこと、スポーツ・ウォッシングを目的に、カネを糸目をつけないやり方で、欧米スポーツを招致しているのです。
ボクシングというブラックホールは、モブツもマルコスもサウジも飲み込みます。ブラックホールはあっちの方かもしれませんし、どっちもブラックホールかもしれませんが。
このスポーツ(スポーツと呼べるのならば)はたびたび「清濁併せ呑む」といわれることがあります。
とんでもない誤解です。
清濁では「清」もあるような表現になってしまうじゃありませんか。
ボクシングの世界は〝濁濁〟併せ呑む世界です。

アリは日本を含めた世界でも問答無用に有名でした。
「モハメド・アリ」とは、ボクシングを知らない人にとっても「とにかくすごい人」だったのです。
モブツとマルコスは、そんな虎の威を借りたかったのです。
ひるがえって現在。米国はもちろん、日本でもウシクとフューリーを知っている人がどれほどいるでしょうか…?
コメント
コメント一覧 (2)
当時はcoloredとしてバスも白人専用とそれ以外で分けられていた事、金メダルを獲得するも街の人からニガーと呼ばれてメダルを川に投げ捨てた事、下馬評で勝るソニーリストンを打ちのめしカシアス・クレイからモハメド・アリに改名した事、ベトナム戦争への抗議活動を積極的に行い数年間もボクサーとしてリングに立てなかった事、そしてフォアマン戦。
今でもなんだかんだで覚えています。冷静に考えてみると、当時空前絶後の人気と知名度、傑出度を誇ったアスリートとはいえ、学習教材の題材として一定以上の質量を掲載された事自体が、アリが他のボクサーとは一線を画したThe Greatestであるという証明なのかもしれません。
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
しました