王貞治は大谷翔平を評して「我々が見上げていたものを、見下ろしているんじゃないか」と、潔く白旗を掲げました。

ボクシングと野球、日米のステイタスは時代が移ろう中で大きく様変わりしてしまいました。

日本でも米国でも1970年代までは、多くのケースで、ボクシングの世界王者はプロ野球のトップ選手よりもアスリートとして格上で、より高い報酬も知名度を享受していました。

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もともと事実上の〝国技〟であった野球は、野茂英雄の出現によって、かつて見上げていた世界最高峰への道が拓かれました。

一方のボクシングでは、タイトルの数こそ黄金時代ですが、ほとんど無名の世界王者も珍しくなくなってしまいました。

世界最高峰を「層が厚く米国で人気がある」と定義するなら、あと一歩まで迫った村田諒太を例外にすると、1950年代の白井義男の時代からウェルター級やミドル級、ヘビー級のメガファイトはずっと見上げ続けたままです。

それどころか、1970年代まではフェザー級以上の世界王者が約半数を占めていたというのに、21世紀以降はジュニアフェザー級以下が8割を占めているのです。

日米だけでなく、先進国でのボクシング人気は低落傾向にありますから、見上げる高嶺がどんどん高くなっている、というよりも日本ボクシングの足元が地盤沈下しているという方が正確でしょう。

もっとはっきりした表現を使うなら、プロボクシングでは養失調の戦後しばらくと変わらないどころか、日本人の体格は時代と共に貧弱化しているといっても過言ではありません。

もちろん、世界的に人気がある、層が厚いということはすなわち、挑戦の機会が制限されるだけでなく、挑戦が失敗に終わる可能性が高いことを意味しています。

逆にジュニアフェザー級以下の超軽量級は挑戦機会が多く、成功率も高い。

それを考えると、層の薄いジュニアフェザー級以下の細分化されたクラスで世界王者を狙うのは、ビジネスとして当然の選択という見方もできます。

もし、王貞治と同じ台詞を白井義男やファイティング原田に言わせるなら、ヘビー級やミドル級、ウェルター級といったラスベガスやニューヨーク、ロンドンの大会場て需要のあるクラスで大暴れすることが求められていますが、そこへのアプローチは50年以上も費やした今でも、一歩も前に進めていない、むしろ後退しているかのように見えて来ます。

「日本人がウェルター級で王者になって、強豪選手をバタバタ倒すなんて昔は考えられなかった」。日本のボクシングファンがそんなふうに驚く日は、いつかやって来るのでしょうか?

史上最高のファイターを考える、その前の「大前提」のお話でした。