「俺の子ども産めや!」と女性に強要したら犯罪か?まず、そういう嗜好、プレーが楽しめる風俗店であるなら犯罪であるはずがありません。
では、成り行きで知り合った一般女性とそういうプレーを楽しむことは犯罪か?女性側の同意があれば犯罪ではありませんが、同意したかどうかを男性側が法的に証明するのは不可能です。
そもそも、成人女性も無理やりホテルに連れ込まれたわけではなく、嬉々として部屋に入ったはずです。ジャニー喜多川の未成年に対する「鬼畜の所業」とは違います。
もちろん、高級ホテルの部屋から食事や酒までセッティングした誰でも名前を知っている著名な男性側と、一般女性の側には明らかなAサイドとBサイドの関係が成立しています。
ボクシングにおいてAサイドが自分に都合の良い条件を突きつける内容は、Bサイドにとっては試合を行う上で不利な事柄です。Bサイドは納得はしてなくても、Aサイドと試合ができることで通常の試合よりも高額の報酬が得られるからこそ同意するのです。この「(心の底からの納得を伴わない)同意」は、契約書にサインした時点で法的に有効になります。
これは、権力のあるプロデューサーと、枕営業を仕掛けるタレントの関係と同じです。役を与えてもらうことを期待するタレントと、役と引き換えに自分の欲望を満たすことを要求するプロデューサー。
では、おそらくは女性に強要どころか、不愉快な思いもさせていない、それどころか自分と一緒に楽しい時間を過ごしたと信じていたであろう松本人志も念には念を押して、ホテルの一室で行為に及ぶ前に契約書を用意して女性にサインをさせていたら、今回の件は何一つ咎められなかったのでしょうか?
そうではありません。
全ての対応があまりにも悪すぎました。
笑い、つまり言葉を操ることに関して天才的に鋭敏な嗅覚を持ち合わせている超一流の芸人が「事実無根」という言葉を使ってしまった軽率さが、まず、信じられません。
女性からの長いお礼メールが公にされたときに「とうとう出たね」と〝勝利宣言〟してしまったことも悪手のダメ押しでした。
「事実無根」は、そもそもそんな飲み会は存在しない、その女性たちとは面識がない、あるいはそういう行為は一切していない、という場合に使うべきワードです。
「とうとう出たね」は、そのような行為はあったけど完全に同意の上だったと信じ込んでいたが故の〝勝利宣言〟です。
後出しの結果論ではなく、そのような飲み会と行為があったのなら「事実無根」などという誤解を招くワードは使わずに「そういう変態プレーを合意の上で楽しんだつもり。僕が勘違いしてて、彼女たちの本心が違っていたなら、自分が全面的に悪いけど、そのときはそうは思えなかった」と認めるべきでした。
「そんな飲み会や行為はなかった」と裁判で争うならまだしも、同意があったかどうかを争うとしたら、泥沼にしかなり得ません。
前置きが長くなりました。
スポーツにおける「体罰」の問題です。
同意があれば、暴力も許される。それが、SM風俗店で女王様が人格を否定する暴言を吐いて鞭を打つのなら許されます。
では、同意があっても暴力は一切許されないのか?というなら、何が暴力なのか?
阿部慎之助がマウンドに駆け寄り、制球を乱す大学時代から気心の知れた後輩、沢村拓一の頭をぽかりと叩いたのは暴力か?沢村が納得して合意していたなら、暴力ではなく指導になるのか?あるいは、強く叩いていないからそもそも暴力ではないのか?
私も内野を守っているとき、四球を恐れて腕をしっかり振って投げることができない投手の尻を「思い切って腕を振れ」と叩いたことが何度あったか、数え切れません。
あれも強く叩いてなければ、暴力じゃないのか?
では、許されるか許されないかの、強度のボーダーラインはどこにあるのか?
「お前の頭の悪さはクワガタ並みや!」と大声で罵倒するのと、「また同じ間違いしたんか。はあ…」と静かにため息をつくのは、どちらが暴言に当たるか?
暴力や暴言は受け手が感じたことが全て、受け手が決めることだから、肉体的接触は強度の問題ではなく全て排除すべきなのか?そして、受け手が不快に感じる可能性のある言葉も全て慎む(そんなことができるとしたら、ですが)べきなのか?
もちろん、4年は神、1年は奴隷のような悪しき体育会の慣習は論外です。
個人的にも多感な10代の子どもに勉強や野球を教える機会があり、近隣の学校で暴力的指導が表沙汰になったり、ニュースで報じられたりすると、子どもたちとはもちろん、保護者の方々ともこの種の話をすることがあります。
先日、ある父兄の方は「スポーツ強豪校ではなかったが、指導者からの暴言に悩んだ」という話をしてくれました。
そもそもの「ボーダーライン」なんて考え方が間違っている、暴力や暴言の可能性のあることは全面的に絶対禁止、有名人が一般人と接するのはファン感謝デーなど公の場に限定して、ヤケドする可能性のある火遊びはどんなに合意があったとしても(あったと信じるに値するやり取りが合ったとしても)一切してはいけない。
「芸の肥やし」なんて言葉は断じて許してはいけない…のか?
では、成り行きで知り合った一般女性とそういうプレーを楽しむことは犯罪か?女性側の同意があれば犯罪ではありませんが、同意したかどうかを男性側が法的に証明するのは不可能です。
そもそも、成人女性も無理やりホテルに連れ込まれたわけではなく、嬉々として部屋に入ったはずです。ジャニー喜多川の未成年に対する「鬼畜の所業」とは違います。
もちろん、高級ホテルの部屋から食事や酒までセッティングした誰でも名前を知っている著名な男性側と、一般女性の側には明らかなAサイドとBサイドの関係が成立しています。
ボクシングにおいてAサイドが自分に都合の良い条件を突きつける内容は、Bサイドにとっては試合を行う上で不利な事柄です。Bサイドは納得はしてなくても、Aサイドと試合ができることで通常の試合よりも高額の報酬が得られるからこそ同意するのです。この「(心の底からの納得を伴わない)同意」は、契約書にサインした時点で法的に有効になります。
これは、権力のあるプロデューサーと、枕営業を仕掛けるタレントの関係と同じです。役を与えてもらうことを期待するタレントと、役と引き換えに自分の欲望を満たすことを要求するプロデューサー。
では、おそらくは女性に強要どころか、不愉快な思いもさせていない、それどころか自分と一緒に楽しい時間を過ごしたと信じていたであろう松本人志も念には念を押して、ホテルの一室で行為に及ぶ前に契約書を用意して女性にサインをさせていたら、今回の件は何一つ咎められなかったのでしょうか?
そうではありません。
全ての対応があまりにも悪すぎました。
笑い、つまり言葉を操ることに関して天才的に鋭敏な嗅覚を持ち合わせている超一流の芸人が「事実無根」という言葉を使ってしまった軽率さが、まず、信じられません。
女性からの長いお礼メールが公にされたときに「とうとう出たね」と〝勝利宣言〟してしまったことも悪手のダメ押しでした。
「事実無根」は、そもそもそんな飲み会は存在しない、その女性たちとは面識がない、あるいはそういう行為は一切していない、という場合に使うべきワードです。
「とうとう出たね」は、そのような行為はあったけど完全に同意の上だったと信じ込んでいたが故の〝勝利宣言〟です。
後出しの結果論ではなく、そのような飲み会と行為があったのなら「事実無根」などという誤解を招くワードは使わずに「そういう変態プレーを合意の上で楽しんだつもり。僕が勘違いしてて、彼女たちの本心が違っていたなら、自分が全面的に悪いけど、そのときはそうは思えなかった」と認めるべきでした。
「そんな飲み会や行為はなかった」と裁判で争うならまだしも、同意があったかどうかを争うとしたら、泥沼にしかなり得ません。
前置きが長くなりました。
スポーツにおける「体罰」の問題です。
同意があれば、暴力も許される。それが、SM風俗店で女王様が人格を否定する暴言を吐いて鞭を打つのなら許されます。
では、同意があっても暴力は一切許されないのか?というなら、何が暴力なのか?
阿部慎之助がマウンドに駆け寄り、制球を乱す大学時代から気心の知れた後輩、沢村拓一の頭をぽかりと叩いたのは暴力か?沢村が納得して合意していたなら、暴力ではなく指導になるのか?あるいは、強く叩いていないからそもそも暴力ではないのか?
私も内野を守っているとき、四球を恐れて腕をしっかり振って投げることができない投手の尻を「思い切って腕を振れ」と叩いたことが何度あったか、数え切れません。
あれも強く叩いてなければ、暴力じゃないのか?
では、許されるか許されないかの、強度のボーダーラインはどこにあるのか?
「お前の頭の悪さはクワガタ並みや!」と大声で罵倒するのと、「また同じ間違いしたんか。はあ…」と静かにため息をつくのは、どちらが暴言に当たるか?
暴力や暴言は受け手が感じたことが全て、受け手が決めることだから、肉体的接触は強度の問題ではなく全て排除すべきなのか?そして、受け手が不快に感じる可能性のある言葉も全て慎む(そんなことができるとしたら、ですが)べきなのか?
もちろん、4年は神、1年は奴隷のような悪しき体育会の慣習は論外です。
個人的にも多感な10代の子どもに勉強や野球を教える機会があり、近隣の学校で暴力的指導が表沙汰になったり、ニュースで報じられたりすると、子どもたちとはもちろん、保護者の方々ともこの種の話をすることがあります。
先日、ある父兄の方は「スポーツ強豪校ではなかったが、指導者からの暴言に悩んだ」という話をしてくれました。
そもそもの「ボーダーライン」なんて考え方が間違っている、暴力や暴言の可能性のあることは全面的に絶対禁止、有名人が一般人と接するのはファン感謝デーなど公の場に限定して、ヤケドする可能性のある火遊びはどんなに合意があったとしても(あったと信じるに値するやり取りが合ったとしても)一切してはいけない。
「芸の肥やし」なんて言葉は断じて許してはいけない…のか?
コメント
コメント一覧 (6)
ですので、当然女性からもモてないし出世も諦めました。
フシ穴の眼
が
しました
結局我々大人が、そのプロセスで悩みもがき苦しんでその子達の為にと考え抜くという事を労働やカネに置き換えてマニュアルにしてしまった時点で、教える側の本当の面白さを放棄したのでしょう。
フシ穴の眼
が
しました
ボクシングリスペクトの大物芸能人が香川照之に続いてテレビ界から消えてしまいましたが両者とももう少しスマートに女遊びが出来ていればこうはならなかったでしょうね。
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
しました