誰に勝ったのか?

それが最も重要視されるボクシングの世界。

では「誰」に勝つのが一番、美味しいのか?

これは〝エデル・ジョフレ〟に決まっています。

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後世から「60年代PFPキング」と圧倒的な評価を受けることになるジョフレと、ファイティング原田は2度戦って2度とも勝っているわけです。

そして、ジョフレが負けたのは生涯、原田だけ。

原田がジョフレとの初戦に勝利したとき、批判が全くなかったわけではありません。

「地元判定。サンパウロでやってたら逆の判定になっていた」「世界奪取から8度連続KO防衛のジョフレは劣化が激しかった」「1団体8階級時代の9度目の防衛戦なんて、今なら単純計算で×4団体に、階級は×2で72回目の防衛戦。そこまでいかなくとも消耗と劣化は相当進んでいた」…。

劣化ジョフレに地元判定で勝った原田は幸運だった、という見方です。

ただ、ジョフレは大切な世界戦の全てをKOで片付けてきていること、そのジョフレと接戦に持ち込んだだけでも原田は途轍もなく強かったというのが歴史的評価です。

そして、劣化の点も、原田に2連敗して引退したジョフレが3年ものブランクを経てカムバック、あっさりフェザー級の世界王者になった事実を考えると、極めて怪しくなってきます。

同じ〝ジョフレ〟型の典型は、モハメド・アリのジョージ・フォアマンでしょう。

1974年に「象をも倒す」と言われた強打でヘビー級史上最も恐れられた25歳のフォアマンを、32歳のアリが「ロープ・ア・ドープ」「Rumble In The Jungle」「キンシャサの奇跡」…ボクシングファンなら誰でも知っている神秘的なキーワードに彩られた大勝負で破壊したのです。

そのフォアマンが、ボクシング没落でレベルが落ちた80年代にカムバック、94年に20年と4日ぶりに世界王者に返り咲いた偉業はフォアマンはもちろん、アリのレガシーにも特別すぎる光を当てることになります。

「90年代でも頂点に立ったフォアマンの1974バージョンはどれほど強かったんだ?」という素直な疑問と「徴兵拒否で3年以上のブランクを作らなければアリはどれほど強かったんだ?そもそも1974年時点でもどれほど強かったんだ?」という畏敬の想像。

もし、エマヌエル・ロドリゲスが井上に敗れただけで無敵の快進撃を続けていたなら、スティーブン・フルトンがやはり井上に負けただけでフェザー級やジュニアライト級で強豪王者として君臨してくれたら…。

井上もまた〝ジョフレ〟を手に入れたことになるのですが。