ロベイシ・ラミレスが15−1と圧倒的有利の賭け率を引っくり返され、無名のメキシカンに敗れてしまいました。
渡辺二郎はかつて「相手に生き死には俺が一番わかってる」と、セコンドの指示に従わず、ファンの「倒せたのに」という声にも「こっちが一番わかっとんねん」と笑い飛ばしました。
ラファエル・エスピノサが失神させないとKOできないタフな相手であることは、イスマエル・サラスが黄色信号を出スマでもなく、モニター越しに観ているファンにも伝わってきました。
経験と技術が不足しているメキシカンがそれを補う勝負根性を持っていることをわかっていないのは、一番近くでエスピノサを見ていたはずのラミレスでした。
圧倒的な技術に加えて、その過剰なまでの自信が、五輪決勝でシャクール・スティーブンソンを恐怖のどん底に叩き落とし、金メダルの可能性を放棄してまで逃げ回らせたともいえます。
しかし、サラスが「私が見た中では三つの指に入る」という才能は、デビュー戦でまさかの敗北を喫します。
世界中のボクシングファンやメディア、ブックメーカーの「あの屈辱の〝出落ち〟が良薬になるはず」という好意的な見方は、間違っていたようです。
ラミレスと井上尚弥の対決は、具体的な交渉ベースに乗った話ではなく、未来の希望でした。
生涯の試合数が限られ、プロモーターやテレビ局などの外的要因から強豪との対戦が実現しにくいのがプロボクサーの因果。
特に、一つの階級に強豪王者が長期政権を築くことは珍し苦なってしまった4Belt -Eraでは、複数階級制覇してもまともな旬の強豪と巡り会えない不幸が当たり前に起きてしまいます。
そんな4Belt -Eraでもマニー・パッキャオやフロイド・メイウェザーは、多くの好敵手に恵まれました。
〝青コーナー〟と〝Bサイド〟が宿命づけられていたパッキャオと、メキシコの時代を迎えて強い黒人選手が正当に評価されない時代に悩んだメイウェザーを、何もかもに恵まれた井上と比較するのはそもそもの実績が違うという以前に、立場が違うのです。
しかし…。
運が悪いだけでなく、何もかも恵まれた環境もこの原因の一つかもしれません。
もし、井上がフィリピン人ならジュニアフライ級王座のアタックでアドリアン・エルナンデスなんて選べなかったでしょう。選べない立場のタイトル奪取には、全盛期のドニー・ニエテスやローマン・ゴンサレスとの対戦が避けられなかった可能性大です。
さらに、パッキャオならエマヌエル・ナバレッテの対戦要求を「縁がなかった」と、見合い話を断るようなぬるい言葉で片付けるわけがありません。シャクール・スティーブンソンやガーボンタ・デービスとの対戦へもあからさまな興味を示していたのは間違いありません。
もちろん、井上がチキンやヘタレなのではなく、井上にはそんな危険な橋を渡る必要がないのです。
パッキャオやメイウェザーが日本人なら、自殺行為と揶揄されるような冒険に乗り出したり、下劣な振る舞いで悪役イメージを演出する計算も、全く必要のないことです。
それをわかった上で、やはり井上はタイミングが悪過ぎます。あまりにも悪過ぎます。
伝説の理想は、モハメド・アリやパッキャオ。
「誰もが恐れる王者を倒して」「その存在をリングの中で誇示し」「敗北から立ち直って若き王者を翻弄する」。
井上は「強さを誇示すること」は出来ていますが、彼が倒した相手がどれほど強かったのか?というファイティング原田やアリやパッキャオを間接的に際立たせた演出が欠落したまま、年齢だけが「若き王者を翻弄する」ステージに差し掛かってしまっているのです。
極貧パッキャオや、狂気のアリはさておいて、時代が違うだけで同じ日本人の原田のなんと恵まれていたことか。
もちろん、原田は1団体8〜10階級、それぞれの階級に強豪王者が君臨するのが当たり前の時代に生きていました。
…と考えると、やはり運、タイミングが悪すぎるのか?
渡辺二郎はかつて「相手に生き死には俺が一番わかってる」と、セコンドの指示に従わず、ファンの「倒せたのに」という声にも「こっちが一番わかっとんねん」と笑い飛ばしました。
ラファエル・エスピノサが失神させないとKOできないタフな相手であることは、イスマエル・サラスが黄色信号を出スマでもなく、モニター越しに観ているファンにも伝わってきました。
経験と技術が不足しているメキシカンがそれを補う勝負根性を持っていることをわかっていないのは、一番近くでエスピノサを見ていたはずのラミレスでした。
圧倒的な技術に加えて、その過剰なまでの自信が、五輪決勝でシャクール・スティーブンソンを恐怖のどん底に叩き落とし、金メダルの可能性を放棄してまで逃げ回らせたともいえます。
しかし、サラスが「私が見た中では三つの指に入る」という才能は、デビュー戦でまさかの敗北を喫します。
世界中のボクシングファンやメディア、ブックメーカーの「あの屈辱の〝出落ち〟が良薬になるはず」という好意的な見方は、間違っていたようです。
ラミレスと井上尚弥の対決は、具体的な交渉ベースに乗った話ではなく、未来の希望でした。
生涯の試合数が限られ、プロモーターやテレビ局などの外的要因から強豪との対戦が実現しにくいのがプロボクサーの因果。
特に、一つの階級に強豪王者が長期政権を築くことは珍し苦なってしまった4Belt -Eraでは、複数階級制覇してもまともな旬の強豪と巡り会えない不幸が当たり前に起きてしまいます。
そんな4Belt -Eraでもマニー・パッキャオやフロイド・メイウェザーは、多くの好敵手に恵まれました。
〝青コーナー〟と〝Bサイド〟が宿命づけられていたパッキャオと、メキシコの時代を迎えて強い黒人選手が正当に評価されない時代に悩んだメイウェザーを、何もかもに恵まれた井上と比較するのはそもそもの実績が違うという以前に、立場が違うのです。
しかし…。
運が悪いだけでなく、何もかも恵まれた環境もこの原因の一つかもしれません。
もし、井上がフィリピン人ならジュニアフライ級王座のアタックでアドリアン・エルナンデスなんて選べなかったでしょう。選べない立場のタイトル奪取には、全盛期のドニー・ニエテスやローマン・ゴンサレスとの対戦が避けられなかった可能性大です。
さらに、パッキャオならエマヌエル・ナバレッテの対戦要求を「縁がなかった」と、見合い話を断るようなぬるい言葉で片付けるわけがありません。シャクール・スティーブンソンやガーボンタ・デービスとの対戦へもあからさまな興味を示していたのは間違いありません。
もちろん、井上がチキンやヘタレなのではなく、井上にはそんな危険な橋を渡る必要がないのです。
パッキャオやメイウェザーが日本人なら、自殺行為と揶揄されるような冒険に乗り出したり、下劣な振る舞いで悪役イメージを演出する計算も、全く必要のないことです。
それをわかった上で、やはり井上はタイミングが悪過ぎます。あまりにも悪過ぎます。
伝説の理想は、モハメド・アリやパッキャオ。
「誰もが恐れる王者を倒して」「その存在をリングの中で誇示し」「敗北から立ち直って若き王者を翻弄する」。
井上は「強さを誇示すること」は出来ていますが、彼が倒した相手がどれほど強かったのか?というファイティング原田やアリやパッキャオを間接的に際立たせた演出が欠落したまま、年齢だけが「若き王者を翻弄する」ステージに差し掛かってしまっているのです。
極貧パッキャオや、狂気のアリはさておいて、時代が違うだけで同じ日本人の原田のなんと恵まれていたことか。
もちろん、原田は1団体8〜10階級、それぞれの階級に強豪王者が君臨するのが当たり前の時代に生きていました。
…と考えると、やはり運、タイミングが悪すぎるのか?
コメント
コメント一覧 (7)
あの1年が無かったら、ロマゴンと拳を交えることができて、どんどん名勝負が繋がって行ったかも知れないですね。言っても詮無いことですが。
フシ穴の眼
が
しました
井上選手もおそらくそういったビッグマッチが出来なことは承知していると思うので、相手が誰だろうと油断せず調整し、リングで圧倒的なパフォーマンスを魅せることに重点を置いてるのではないでしょうか?
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
しました
リスクを最小限に抑えられても大金を稼げるんだから井上はある意味運が良いと言える
本人も現状に満足してそうだし
フシ穴の眼
が
しました
ラミレスやアフマダリエフはアマの戦績に引きずられての過大評価
youtubeやtwitterでラミレスが井上のラスボスと聞くたびにそんなわけないだろうと思っていました
次はベナドロペス辺りがターゲットにされまたいつの間にか負けているでしょう
じゃあジュニアライト級はどうか?ナバレッテフォスターでさえ戦前オッズは井上有利に出ることが想像できます
フルトンなどではなく真に井上の力を試す相手と戦うことなく引退
戦績を振り返ればパッキャオとは雲泥の差
恵まれた環境・・・力は本物だけに本当に勿体ない
フシ穴の眼
が
しました