1950年代。

もちろん、今とは全く時代が違います。

日本でも米国でも、寛容と差別が同時に吹き荒れていた時代。

日本に至っては、国土が焼け野原にされて植民地状態ではなく、実質植民地だった時代。

そんな時代に日本の近代ボクシングは、始まりました。

もちろん、最初の一歩を印したのは白井義男。

問答無用のUndisputed Fly weight champion of the world、8階級時代の世界チャンピオンです。


今日が白井の生誕100周年、荒川スポーツセンターで催されるイベントに行ってまいりました。

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入り口ホールの壁際に、会議室用テーブル3台であつらえた本当に小さな展示スペースがありました。

バスケットボールの試合にやって来た親子連れの団体は、このイベントスペースなど見えていないかのように体育館に向かいます。

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中学校の文化祭の展示教室の方がずっと広くて、はるかに手が込んでいますが、白井義男の偉大さと、この手作り感満載のギャップが、胸を震わせてくれます。

私のお目当ては、YOSHIO SHIRAIの名前が刻まれたリング誌ベルト。

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このイベントに実物を持ち込んでくれるのか、そもそも現存するのかも不明ですが…やはり、ありませんでしたが、額縁に入れられた写真がホワイトボードに展示されていました。

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現役時代に着用されていたガウンや、世界戦で使ったトランクスとリングシューズは、信じられない保存状態の良さで実物展示されていました。

貴重な歴史を、皮革の匂いが嗅げるほどの近さで拝見させて頂きました。

恐るべきことに「お手を振れないで下さい」の注意書きは、無し。

もちろん、写真撮影も可。

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小さなPCモニターでは、白井の試合が静かに流されていました。

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ナチュラルな強靭さが伝わるショットの数々。

今では信じられないボクシング黄金時代にもかかわらず、白井義男が5度目の防衛戦で史上最高のフライ級と呼ばれることになるパスカル・ペレスにタイトルを奪われてから、日本が8年間も世界タイトルを取り戻せなかった事実を考えると、白井がいかに傑出した才能であったかを改めて感じ入るしかありません。



今から71年前の1952年5月19日、白井が後楽園スタジアムでダド・マリノを破って世界フライ級王者になったときの日本列島は、どれほどの興奮と熱狂に包まれたのか、想像もできません。

歴史と格式が、大きな一歩を踏み出した瞬間でした。

それはおそらく、大谷翔平の比ではなかったでしょう。