昨年いっぱいで廃刊に追い込まれたリング誌ですが、間歇的にプリントバージョンを意識したデジタルマガジンを発行しています。

2023年11月号は「ハグラーvsデュラン40周年記念特集〝号〟」。

FIGHTER OF THE MONTH(月間最高選手)は、おそらく史上初のFIGHTER(S) OF THE MONTH(二人=兄弟同時)!そうです優大、銀次朗の重岡兄弟です!

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「ハグラーvsデュラン」このメガファイトが行われたのは1983年11月10日、日本時間では11月11日、ちょうど40年前の今日でした。

当時の米国リングの一大テーマは「誰がハグラーを倒すのか?」。そして「JUDGMENT DAY(審判の日)」と銘打たれたこの試合は、シュガー・レイ・レナードに始まりシュガー・レイ・レナードで終わる、Four Kingsの総当たりのワンピースでした。

まだ、メキシコの時代が訪れる前、リングの主役がAfricana American、黒人だった頃のお話です。

Four Kingsの総当たり戦(1987年4月6日まで)を全ておさらいしてみます。


◾️1980年6月20日「デュランvsレナード①」

◾️1980年11月25日「レナードvsデュラン②」

◾️1981年9月16日「レナードvsトーマス・ハーンズ」

◾️1983年11月10日「ハグラーvsデュラン」

◾️1984年6月15日「ハーンズvsデュラン」

◾️1985年4月15日「ハグラーvsハーンズ」

◾️1987年4月6日「レナードvsハグラー」


レナードvsデュラン①はカナダ・モントリーオールのオリンピック記念スタジアム、②はルイジアナ州ニューオーリンズのスーパードーム。その他の試合は全てネバダ州ラスベガスのシーザースパレス屋外特設リング。

モハメド・アリはスーパードーム(NFLニューオーリンズ・セインツのホームスタジアム)やアストロドーム(MLBヒューストン・アストロズの元ホーム)、ヤンキースタジアムでも戦いましたが、レナードvsデュラン②を最後にボクシングは巨大スタジアムから離れてしまい、メガファイトの舞台は莫大な招致料を支払うラスベガスに傾倒してゆきます。

Four Kingsによるラウンドロビンから読み取れるのは、メガファイトが招致ビジネスとして確立されたことに加えて、その開催時期も特徴的です。

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Four Kingsによるラウンドロビンでは、メキシコ時代の幕開けがまだまだ先だった80年代、シンコ・デ・マヨ(5月5日の戦勝記念)週間や、独立記念日(9月27日)週間に開催されたメガファイトは一度もないのです。

ボクシング市場を支える人種がまだメキシカンに移行していなかった、米国ボクシングの断末魔、それが80年代だったのです。

カネロ・アルバレスは当然としても、メキシコ人でもなんでもないフロイド・メイウェザーやマニー・パッキャオらまでがシンコ・デ・マヨや独立記念日週間の土曜日にメガファイトを行うようになるのは21世紀になってからのことでした。