阪神タイガースが2リーグ分裂後に初優勝したのは1962年。
さぞかし大騒ぎだったと想像されるかもしれませんが、中高生の頃にテレビで見た当時の写真や動画を見てもスタンドは5割も入っていない、そんな様子でした。
私が見た写真や動画がたまたまガラガラのところだったのでしょうか?そんなことがあるでしょうか?
大学で、当時を知る大先輩の方々のお話をあちこちで聞く中で「プロ野球で大観衆が集まるのは読売だけ」「阪神タイガースの人気は1985年が最高潮だった」ということに思い至りました。
老若男女がスタンドに駆けつけ、その瞬間の歓喜を戎橋に集まった〝気狂いピエロ〟たちが爆発させる。
ある意味で、今年のA .R .Eも、あのときからの延長上なのです。
先日の読売新聞朝刊、編集手帳でも「1962年、本拠地の甲子園で広島を破っての優勝のとき、客席はガラガラだった」「阪神の人気が本格的に高まり出したのは1980年代になってから」と書かれています。
もちろん、この〝本格的〟というのは、オッサン中心のヤジではなく、今につながる女性や子供の歓声も甲子園に大きくこだまするようになったということです。
タイガース人気の本質を突き詰めると、中央(東京)への対抗心に他なりません。
西鉄ライオンズや南海ホークス、阪急ブレーブスはどんなに強くても日本シリーズでなければ読売を叩くことは出来ません。
それが日常的に可能な球団、そして中央への敵愾心をあからさまに燃やす大阪(本当は兵庫県ですが)をフランチャイズとする阪神タイガースは、読売を切り裂く唯一の牙だったのです。
では、なぜ中日ドラゴンズは〝阪神タイガース〟になれなかったのか?
大阪圏と名古屋圏の人口の違い…ではありません。「中央への敵愾心をあからさまに燃やす」という一点において、名古屋圏はあまりにも自虐的で遠慮しすぎな性格だからです。
この感情を「関ヶ原の戦い」まで遡るのが正しいのかどうかは別にして、名古屋は大阪以上に特殊なエリアです。
大阪圏と名古屋圏の大きな違いは、他地域への伝播力にもはっきりと見て取れます。
上京した地方出身者のほとんどは方言を話さず、東京言葉(標準語ではない)に馴染もうとしますが、関西出身、特に大阪から出てきたら輩は多くの場合で大阪弁を隠そうとはしません。
私の個人的な感覚でも、高校時代に東京言葉を聞くと神経が逆撫でされたのを思い出します。そいつがGY野球帽でもかぶっていようもんなら、殺意すら覚えかねませんでした。

ところが、大阪人というのは東京ディズニーランドは大好きなのです。
「なんでユニバーサル・ジャパンなんじゃ!ユニバーサル・オーサカやろが!」と怒りつつも、「東京ディズニーランドもホンマは千葉ディズニーランドやし、いろいろウソつかなあかん大人の事情があんねんな」。
そして、野球少年たちはたとえ阪神ファンであっても、心の中では「ジャイアンツでプレーするのも悪くない」と思っているのでした。
さて、「阪神の人気が本格的に高まり出したのは1980年代になってから」「オッサン中心のヤジではなく、今につながる女性や子供の歓声も甲子園に大きくこだまするようになった」要因はどこにあるのでしょうか?
一つは、生活水準が上がって、女性や子供も野球観戦を楽しむようになったということ。その一方で大阪の民度は下げ止まり…。阪急ファンが増えていたら、民度は上がっていたのでしょうが。
ーーーここまでは、巷間すでに言い尽くされていることです。
「阪神の人気が本格的に高まり出したのは1980年代になってから」「オッサン中心のヤジではなく、今につながる女性や子供の歓声も甲子園に大きくこだまするようになった」要因が、社会構造の変化などにあるわけない、でしょう。
「プロ野球の人気が沸騰して国民的娯楽になったのは、日本が高度成長期を迎えたから」というのと、同じバカ論理です。
「プロ野球の人気が沸騰して国民的娯楽になった」最大の要因は、長嶋茂雄が登場したからです。
それまでの野球人気が「六大学>>プロ」だった事実、長嶋のプロ入りを契機に「プロ>>>>>>六大学」と逆転したことからも明らかです。
そして、阪神タイガースの人気も、一人のスター選手の登場で一変します。スタンドからダミ声のヤジだけではなく、若い女性の嬌声が聞こえるようになったのです。
さぞかし大騒ぎだったと想像されるかもしれませんが、中高生の頃にテレビで見た当時の写真や動画を見てもスタンドは5割も入っていない、そんな様子でした。
私が見た写真や動画がたまたまガラガラのところだったのでしょうか?そんなことがあるでしょうか?
大学で、当時を知る大先輩の方々のお話をあちこちで聞く中で「プロ野球で大観衆が集まるのは読売だけ」「阪神タイガースの人気は1985年が最高潮だった」ということに思い至りました。
老若男女がスタンドに駆けつけ、その瞬間の歓喜を戎橋に集まった〝気狂いピエロ〟たちが爆発させる。
ある意味で、今年のA .R .Eも、あのときからの延長上なのです。
先日の読売新聞朝刊、編集手帳でも「1962年、本拠地の甲子園で広島を破っての優勝のとき、客席はガラガラだった」「阪神の人気が本格的に高まり出したのは1980年代になってから」と書かれています。
もちろん、この〝本格的〟というのは、オッサン中心のヤジではなく、今につながる女性や子供の歓声も甲子園に大きくこだまするようになったということです。
タイガース人気の本質を突き詰めると、中央(東京)への対抗心に他なりません。
西鉄ライオンズや南海ホークス、阪急ブレーブスはどんなに強くても日本シリーズでなければ読売を叩くことは出来ません。
それが日常的に可能な球団、そして中央への敵愾心をあからさまに燃やす大阪(本当は兵庫県ですが)をフランチャイズとする阪神タイガースは、読売を切り裂く唯一の牙だったのです。
では、なぜ中日ドラゴンズは〝阪神タイガース〟になれなかったのか?
大阪圏と名古屋圏の人口の違い…ではありません。「中央への敵愾心をあからさまに燃やす」という一点において、名古屋圏はあまりにも自虐的で遠慮しすぎな性格だからです。
この感情を「関ヶ原の戦い」まで遡るのが正しいのかどうかは別にして、名古屋は大阪以上に特殊なエリアです。
大阪圏と名古屋圏の大きな違いは、他地域への伝播力にもはっきりと見て取れます。
上京した地方出身者のほとんどは方言を話さず、東京言葉(標準語ではない)に馴染もうとしますが、関西出身、特に大阪から出てきたら輩は多くの場合で大阪弁を隠そうとはしません。
私の個人的な感覚でも、高校時代に東京言葉を聞くと神経が逆撫でされたのを思い出します。そいつがGY野球帽でもかぶっていようもんなら、殺意すら覚えかねませんでした。

ところが、大阪人というのは東京ディズニーランドは大好きなのです。
「なんでユニバーサル・ジャパンなんじゃ!ユニバーサル・オーサカやろが!」と怒りつつも、「東京ディズニーランドもホンマは千葉ディズニーランドやし、いろいろウソつかなあかん大人の事情があんねんな」。
そして、野球少年たちはたとえ阪神ファンであっても、心の中では「ジャイアンツでプレーするのも悪くない」と思っているのでした。
さて、「阪神の人気が本格的に高まり出したのは1980年代になってから」「オッサン中心のヤジではなく、今につながる女性や子供の歓声も甲子園に大きくこだまするようになった」要因はどこにあるのでしょうか?
一つは、生活水準が上がって、女性や子供も野球観戦を楽しむようになったということ。その一方で大阪の民度は下げ止まり…。阪急ファンが増えていたら、民度は上がっていたのでしょうが。
ーーーここまでは、巷間すでに言い尽くされていることです。
「阪神の人気が本格的に高まり出したのは1980年代になってから」「オッサン中心のヤジではなく、今につながる女性や子供の歓声も甲子園に大きくこだまするようになった」要因が、社会構造の変化などにあるわけない、でしょう。
「プロ野球の人気が沸騰して国民的娯楽になったのは、日本が高度成長期を迎えたから」というのと、同じバカ論理です。
「プロ野球の人気が沸騰して国民的娯楽になった」最大の要因は、長嶋茂雄が登場したからです。
それまでの野球人気が「六大学>>プロ」だった事実、長嶋のプロ入りを契機に「プロ>>>>>>六大学」と逆転したことからも明らかです。
そして、阪神タイガースの人気も、一人のスター選手の登場で一変します。スタンドからダミ声のヤジだけではなく、若い女性の嬌声が聞こえるようになったのです。
コメント