文化庁が米国のグラミー賞にならって、アジア版グラミー賞を2025年にも立ち上げる方針を示しました。

都倉俊一長官は世界に向けたアジアの音楽について「韓国勢が席巻している。日本は国内の市場が比較的大きいために、国内で事足りてしまっていた。海外に出ようというエネルギーは韓国の方が上」とし、「Jポップを海外に発信するため、世界中に注目される音楽祭を京都でやりたい」と意欲を示しました。

文化庁は今年、京都に移転、日本の文化振興の新しい形を模索しており、その取り組みの大きな柱の一つが音楽や映像を逞しい輸出産業に育成すること。

「アジアのアーティストを顕彰する」というように、対象は日本ではなくアジアまで広げていますが、都倉長官の言葉からは大きく先行されている韓国へのライバル心も見え隠れします。

そうであるなら、世界、グラミーで評価されている韓国アーティストも公平に表彰するのでしょうか?

〝京都グラミー賞〟が、アジアから世界に挑戦する前段階の〝アジア大会〟を目指すのか、それともグラミー賞に追いつけ追い越せの〝もう一つの世界〟の構築を企図しているのかわかりませんが、京都移転の最初の大仕事になりそうです。

経済の世界ではより大きな市場を抱える世界に進出するのは必定、文化も日本の優れた輸出品として育てるために公的に支援するのは間違った取り組みだとは思いませんが、それは韓国スタイルの後追いでもあります。

これで韓国勢に追いつけ、追い越せが可能になるのかどうか、はっきり見えては来ませんが「世界でヒットするJポップ」を育てるためには、現状のままでは厳しいことは間違いありません。

マンガやアニメが税金の力をほとんど使わずに世界征服を進めているのと比べると、日本市場で頭打ちの音楽は文化としての性格的に世界進出が難しいのか、それともJポップの競争力がそもそも弱いのか?