2010年以降、ジュニアフェザー級以下の軽量級で最も高い評価を獲得したのは、多くのメディアのPFPで2年も1位に君臨したローマン・ゴンサレスで誰も異論はないでしょう。

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さらに、2012年のBWAA選定のFighter Of The Year、シュガー・レイ・ロビンソン賞を獲得、PFPでも最高3位まで登り詰めたノニト・ドネア、そしてわずか1ヶ月足らずとはいえリング誌電子版PFP1位となった井上尚弥、この3人がトップスリーでしょうか。

欧米基準のビッグネームなど存在しない軽量級ですが、専門家評価、PFPという視点では優遇される傾向があります。

亀田興毅を明白に下したフライ級のポンサクレック・ウォンジャンカムもPFPファイター。

ジュニアバンタム級ではビック・ダルチニアンの時代が終わると、チョコラティト、ファン・フランシスコ・エストラーダ、シーサケット・ソールンビサイ、ドニー・ニエテス、井岡一翔が入り乱れ、最多では同時に3人がPFPランキングを賑わしました。井上が初登場したクラスもこのジュニアバンタム級。

バンタム級では、ゴールデンボーイ・プロモーションで初めて生え抜きの世界王者になったアブネル・マレス、強豪が対戦を回避したアンセルノ・モレノ、レオ・サンタクルスが席巻。

そして、ジュニアフェザー級ではギレルモ・リゴンドーがPFP3位まだ評価を上げ、サンタクルス、マレス、カール・フランプトンも活性化に一役買いました。

他にもいた気がしますが…とりあえずここまで。



そして、賞として形のあるFighter Of The Yearは、賞の形をなさないPFPと比べると、100年近い圧倒的な歴史と権威を持っています。

ジュニアフェザー級以下で、この年間MVPに輝いたのはなんと、2012年のノニト・ドネアと、2016年のカール・フランプトンの2人だけ。

ドネアは当時、世界一のプロモーション傘下。フランプトンは米国東海岸にもファンベースのあるアイルランド人という〝コネクション〟を持っていました。

リング誌まで広げると、フランプトンがやはり2016年に受賞しているほか、1999年のポーリー・アヤラも選ばれていますが、それでも3人だけ。

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オリジナル8の時代の軽量級はストロー級、ジュニアフライ級、ジュニアバンタム級、ジュニアフェザー級の4つが存在せず、フライ級とバンタム級の2つしかありませんでした。

つまり、3倍に膨れ上がったのです。

フェザー級以上の11階級ではジュニアライト級、ジュニアウエルター級、ジュニアミドル級、スーパーミドル級、クルーザー級の5つが〝水増し〟。

しかもジュニアライト、ジュニアウエルター、ジュニアミドルは1960年代には設定されていた〝老舗〟水増し階級。

ヘビー級の巨大化によってライトヘビー級との体重差が無視できなくなったために制定されたクルーザーを除くと、スーパーミドルだけが〝純粋〟水増し階級と呼べるでしょうか。

どうして、軽量級だけ認定団体のゼニ儲けだけのために好き勝手に細分化されてしまったのか…。

悲しい話ですが、誰も注目していないクラスだから、何をやってもいいという横暴な気持ちが承認団体にあったのでしょう。

しかし…もし。ストロー級がなければ私たちは井岡弘樹とエディ・タウンゼントのドラマを見ることがなかったことになります。

ジュニアフライ級がなければ、具志堅用高も寺地拳四朗も、あのインパクトでは存在していなかったかもしれません。

ジュニアバンタム級がなければ渡辺二郎や鬼塚勝也、川島郭志はもっと違う形、フライ級やバンタム級の短命王者として記憶されていたかもしれません。

ジュニアフェザー級がなければ、ロイヤル小林や西岡利晃は世界王者になれていたでしょうか?

そして、井上尚弥はまだ、バンタム級だけの1階級でしか世界王者になっていないことになります。


野球のクライマックス・シリーズのように、どんなスポーツも矛盾を抱えています。

それで多くのファンが盛り上がる、市場が活性化するなら、プロスポーツはビジネスです、それが正しいと言えるかもしれません。

しかし、世界的な統括団体が不在にもかかわらず、認定団体と階級だけがいたずらに増殖した現状は、認定団体と「細切れの階級には意味がある」となぜか信じ込んでしまったバカなファン以外には歓迎されていません。

それどころか、世界タイトルマッチでもVADAのドーピング検査が実施されればマシという杜撰極まりない管理はスポーツとして認められなくなる危険も孕んでいます。

そんな杜撰なドーピング検査ですら「全員にやったら破産する」(榊原信行RIZIN CEO)というように安売りパッケージでも数十万円を超えます。

そして、この時代に「ドーピング検査は権威のあるVADAでやってまーす」なんて能天気な妄言は通用しません。

その空気を読んで低レベルのVADAから、なんと五輪選手を検査するUSADAに乗り換えたのがUFCでした。

彼らがやろうとしているのは、ボクシングがやろうとしない、出来ないことです。

そして、オリジナル8を守り続けているのは、ボクシングが犯した過ちに手を出さないということ。

UFCとプロボクシング。どちらがスポーツとしての体を成しているかという議論はもう決着してしまったのかもしれません。

とはいえ、1980年からこのスポーツを愛し続けて、リング誌も読み耽ってきた身としては、死ぬまでボクシングがNo.1です。

リング誌の最期も看取ったし、アメリカボクシングの死に様も見届けるとしますか。

ただ、日本のボクシングにはまだ未来があります!


今日だけは、もう憧れるのはやめましょう!

…いや「今日だけ」でなく、「今日からは」もうアメリカに憧れるのはやめましょう!

そもそも軽量級には憧れる価値がある舞台すら存在しなかったのですから、憧れていたこと自体が間違いなのですが。

「スポーツは文化」だから、有料放送による囲い込みから、国が予算を割いてでも無料放送して守るべき(ユニバーサルアクセス権)という欧米の考え方に日本人がどれほど共鳴するかは別にして、ネット配信でしか見れない状況が続くと、ますますマイナー化、マニア化するという理屈はわかるでしょう。

もちろん、この議論をする前に考えるべきは…。

ボクシングはスポーツなのか?

ボクシングは文化なのか?