ジャニー喜多川の性加害問題、自身の立場を利用した卑劣な犯罪行為が大きな反響を呼んでいます。

芸能界もスポーツと同じで、実力の世界。とはいえ、スポーツよりもコネクションや運の力学が作用しやすい世界です。

性加害の問題は少ないであろうスポーツでも、現在なら犯罪行為とされることがまかり通っていました。

戦後しばらくまで、スポーツも芸能も興業は反社会勢力が仕切る世界でした。現在もゼロではないでしょうが、明るみに出れば大きな問題になります。

芸能界の性加害も、ハリウッドで告発されたいくつもの事件を出すまでもなく、古今東西共通の〝暗黙の犯罪〟でした。

しかし、今はサイレント(暗黙)で済まない時代です。

折しも先月には、ダライ・ラマ14世が2月に行った集会行事で少年に自らの舌を吸うように求めた動画が拡散、謝罪声明を発表しました。

チベット仏教では男色が〝ストレート〟ですが、公然の場で初対面であろう未成年に求める行為ではありません…しかし、それを常識だと考えるのは、時代のせいでしょう。

これまでも、歴代のダライ・ラマは同じことを繰り返していたと想像するのが自然です。

田中角栄は公然と妾を囲っていましたが、同じことを岸田文雄がやると気が狂ったと思われ、公職を追放されるのは必至です。

長嶋茂雄や星野仙一らの鉄拳制裁も〝公然〟でしたが、今なら犯罪です。

ジャニー喜多川と、ダライ・ラマや田中角栄、長嶋・星野のケースとの最も大きな違いは「時代」ではなく、「公然(許されていたかどうか)」の違いです。

ジャニー喜多川と、その下劣な蛮行を知っていた幹部たちには「公然」にしてはいけないという強烈な意識があったはずです。

その意識は「犯罪意識」と表現しても差し支えないでしょう。

深い昭和の時代から、ジャニー喜多川らには犯罪意識があり、その行為を隠し続けていたのです。

そう考えると、この問題は単なる時代の問題では片付けられません。

ノー・モア・サイレント。もう泣き寝入りは許されない時代です。

しかし、そして…。もう一つ深刻な問題が横たわっています。この国のメディアです。

重大犯罪である性加害の実態の扱いが、あまりにも小さすぎます。

相当に早い段階で多くのひとが知っていた犯罪行為を追求・糾弾することなく、BBCのドキュメンタリーによって逃げ場が無くなってから最小限の報道をする…。

この国のメディアも共犯者、いいえ、もはや共同正犯と看做すべき悪です。