
軽量級における「減量」とは、多くの場合「より弱い相手を求めて自分も弱体化する」作業に他なりません。
ノニト・ドネアの〝バンタム級出戻り〟は、強い相手がひしめく上の階級では通用しないから、弱い相手が多くて層も薄い下の階級に逃げ込む、というその典型です。
他のスポーツ、例えばプロ野球で投手として入団した選手が野手に転向するのとは全く意味が違うのです。
前日計量では、より弱い相手を求める過酷な減量で体重を作ると、次はリバウンドでさらに優位な状況を作るのが常套手段です。
井上尚弥はIBFが重量級でも禁じている10 ポンドを優に超えた、5〜6kgリバウンドで当日の試合に臨みます。これは、ミドル級の村田諒太の4㎏のリバウンドも上回る数値。
前日に53kgだった人間が一晩で1割以上も重くなる…どんな理由を並べても、まず健康に良いわけがありません。
狂った生理は、とっくに成人している肉体を膨張させようとします。成人を越えたボクサーが減量に苦しくなるのは、加齢による新陳代謝の悪化が原因ではないのです。
もちろん、階級制の格闘技では「より弱い相手を求めて自分も弱体化する」減量は普通に行われていることで、パフォーマンスを落とさずリバウンドすることも、全てルールの範囲内です。

ところが、人気階級を巡る体重管理には、明らかに適正階級を超えて重いウェルター級で戦ったマニー・パッキャオやフロイド・メイウェザーらや、増量してヘビー級に挑戦するマイケル・スピンクスやイベンダー・ホリフィールド、オレクサンダー・ウシクらのサンプルが珍しくありません。
井上と同じフレームのガーボンタ・デービスが「最終的にはウェルター級で戦いたい」と早くから宣言していたのも「どうして上(の階級)を目指すのか?単純な話ですよ。注目度が違う、ファイトマネーが違うから」(村田諒太)というだけの理由です。
彼らの体重管理は「より人気のある階級を求めて、自分も強大化する」という、スポーツとして当たり前の方向を睨んだ取り組みに他なりません。

さて、本題です。
カネロ・アルバレスは15歳のとき、139ポンド(ジュニアウェルター級=リミット140ポンド)でプロデビュー。最初の地域タイトル(WBA Fedecentro)はウェルター級(147ポンド)で獲得、17歳のときでした。
その後、ウエルター級の地域タイトルを続々とコレクション。空位のWBCジュニアミドル級を英国の人気者マシュー・ハットンと争って勝ち取ったのが最初の世界タイトル、20歳のことでした。
そして、25歳でミゲール・コットの持つリング誌/WBC/Linealのミドル級(160ポンド)タイトルも獲得しますが、これはキャッチウェイト=155ポンドのいわゆる〝カネロ級〟で行われた変則タイトルマッチ。
カネロが160ポンドラインを越えたのはフリオ・セサール・チャベスJr.との164ポンドキャッチウェイトのメキシコ対決。
ミドル級に上げてからあからさまに対戦を回避してきたゲンナジー・ゴロフキンと拳を交えたとき、カネロは27歳。
そして、28歳でWBAスーパーミドル級(168ポンド)のセカンド王者ロッキー・フィールディングを屠ります。
ここまでが、カネロの〝増量登山〟のキャリアです。
フィールディング戦のあと、カネロはミドル級に戻ってダニエル・ジェイコブスとのチキン対決に判定勝ち(二人とも負けで良いような内容でした)すると、ライトヘビー(175ポンド)に上げて選手として劣化と消耗に苦しみ、私生活で政財破綻寸前だったWBO王者セルゲイ・コバレフを破壊して4階級制覇達成、このとき29歳。
「どうして階級No.1を避けて安易な相手をつまみ喰いするのか?」という非難を浴びながら、カネロは再びスーパーミドルに〝下山〟します。
そして、31歳の昨年、WBA王者ドミトリー・ビボルに挑戦、大番狂せの完敗を喫してしまいます。
この4年間、カネロは大きな綻びを見せずに、スーパーミドル級とライトヘビー級の間に張られたタイトロープを往来して見せました。
この危険極まる綱渡り、これまでにもボクシング界を代表するスーパースターが足を踏み外してきました。そのほとんどが〝下山〟であったことも、非常に興味深い現象です。
カネロが自在に綱渡りしているように見えるのは、ヘンリー・アームストロングやパッキャオ、メイウェザーのように減量ではなく体重デザインの領域まで踏み込んでいるからなのか、それとも若さが肉体のダメージを補っているだけなのか?
タイトロープから滑落したスターたちが陥った生理体系の狂いは、カネロにも起きうるのか?
そして、その破滅の刻は明後日の母国凱旋のリングになるのか?
それとも、もっと先の話か?
〝下山〟に失敗した3人のスター選手を振り返ります。
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フシ穴の眼
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