私がプロボクシングに惹きつけられたのは、小学校の頃にプロボクシングがまだ「国際試合の最強コンテンツ」だったこと、中高時代に「リング誌」に出会って世界のボクシングを想像力から刺激する活字で識ったこと…いずれにしても多感な少年時代に出会ったからだと思っていました。

しかし、それは、錯覚だったのかもしれません。

なにしろ、多感な時代などとっくに過ぎた今でもこのスポーツの磁力から逃れられていないのですから。

進学して上京してからも、就職してからも、後楽園ホールに月1レベルで通っていたことがありました。

授業や仕事終わりに水道橋や後楽園の駅から聖地を目指すと、人気カードでない限り何人ものダフ屋に声をかけられました。

当時は罪の意識もなく、彼らから超格安チケットを買って後楽園ホールに登るエレベーターに駆け込んだこともありました。

メインイベントが始まる頃に「黄色いビル」に走る私に「にいちゃん、券あるんかい!?」と声をかけてきたダフ屋のおっちゃん。私が「これから買う」と言うと、「もうこれ誰も買わないから」とチケットを無料で渡されたこともありました。

「タダじゃ、商売にならんやろ、何かしら払う」と金を払おうとする私に、ダフ屋は「もうメイン始まってるかも。こんなん今更売れないから。それに、この券もあんたが見てくれたら喜ぶ」なんてことを言ってくれたこともありました。

そんな、昔むかしの思い出話。

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私が駆けつけた後楽園ホールのヒーローは、世界王者を目指すスターの卵たちだけではありません。

むしろ、そうではない「世界は難しいだろうな」という軽量級の日本タイトルマッチや、そもそも世界が遠い「欧米の人気階級の日本や東洋太平洋王者たちでした。

ファイターの狂おしい眼差し、飛び散る汗と血、流れ落ちる涙、そんなものを目の前で見てしまうと、彼らの次の人生に、幸あれと余計な思いが込み上げて来ることもありました。

そう「次の人生」です。

脱水で干からびた肌を伝う血と汗、こんな決闘を死に物狂いで戦っても、プロボクサーとしてはきっと浮かばれないファイターたち。

「この(ボクシング)人生」では、目指す頂点に届くことな終わるであろう哀しいファイターたち。

だとしても、俺は忘れないぞ。

そう思いながら、彼らの往生際の悪いギラギラした目つきと、血と汗と涙を見ていました。



元プロ野球選手の杉谷拳士がテレビでの活躍しているのを見て、インスパイアされました。杉谷拳士の試合は一度も見ることができませんでしたが、彼のお父さんの試合は後楽園ホールに何度か駆けつけました。

杉谷満はハンサムでスタイリッシュで、面白い試合をするスラッガーでした。

というわけで、一発目は日本フェザー級を彩った杉谷満です。