
築地で味噌ラーメン。
昔、むかし…野球強豪高校に行けなくて、打ちひしがれていた日々。
何という若すぎる挫折、と笑わば笑え。
10代の挫折なんて挫折とは呼ばない、と笑わば笑え。
関西の中学生だったので、お笑いはテレビの中にも外にも、どこにでも身近にありました。
ちょうど、吉本総合芸能学院(SNC)がキックオフした頃で、一般メディアも「弟子入りしないで芸が磨けるのか?」 と冷ややかに盛り上がっていました。
クラスの人気者がいきなり飛び込んで通用するほど、芸の世界は甘くない。
この冒険的なムーブメントは、まず不可能と考えられた二つの事象が同時に起きない限り、早々に失敗する(大阪朝日新聞)と、多くの人が考えていました。
まず、三期生までに、とてつもない才能が現れること。
そして、既存の勢力をリードする存在がその才能を認めること。つまり〝負け〟を認めること。
しかし、それはどちらもあり得ないことに思えました。
ところが、現実には三期生までではなく、いきなり一期生で全く新しい、その後のお笑い界のメインストリームになるような漫才師が登場するのでした。
そして、島田紳助、明石家さんま、オール巨人という当時のお笑い界を牽引していたグレートたちが次々にその才能を認め、高く評価したことを世間に喧伝したのです。
コメント
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陸上をしていると、才能の煌めきを目撃することがあります。とある選手は100m競走で我々平民の努力を嘲笑うかのような圧倒的パフォーマンスを披露し、私の10m先で決勝線を駆け抜けていきました。のちに彼が陸上を始めてまだ3ヶ月と聞いたときは、もう笑うしかなかったです。
圧倒的な才能の前に、私の努力など塵に等しいものがありました。
しかし、私は今でも陸上競技場のスタンドへ足を運びます。才能の輝きを見に、私の持つことが許されなかったものを見に行くのです。かつて自分がコテンパンにされた才能というものを、なぜか今でも求めています。
フシ穴の眼
が
しました