大昔に聞いて、ずっと忘れていたことが、ある日偶然に化石を見つけるように、突然蘇ることがあります。

高校時代、国道沿いの寂れまくった名画座に、月に何日か入り浸っていました。

100席もない座席の2割ほどはスプリングが壊れていました。

スプリングがシートカバーを突き出てたり、シートカバーが不自然に沈んでいたりすると「不良品席」だとすぐわかりますが、見た目ではそれとわからない、落とし穴みたいな席があるから厄介でした。

暗闇の中「この席は大丈夫」と思って座ると、中のスプリングが外れてて、ひっくり返るほど体が沈んでしまいビックリする、なんてことが何度かありました。

常連にすごく綺麗なお姉さんがいて、ズッコケた私を見られて、彼女にクスクス笑われたりするのは、なんだか意味もなく嬉しくなったのを覚えています。

いや、十分に意味はありました。

高校では女子とほとんど話すことのなかった私に、ものすごく綺麗なお姉さんが可愛い笑顔を向けてくれるのですから。

ずーーーーーっと後になって知るのですが、学生時代はミス近大だったりする〝そうでしょうね〟な容姿端麗な姉さんでした。

一方で、常連には昼間っから酒臭い謎のオッサンもいて、壊れた座席に気づかず、私がズッコケるのを見られて、思いっきり「お子ちゃまやのう」と笑われるのには、無性に腹が立ちました。

男子高校生は、綺麗なお姉さんにクスクス笑われるのと、酔っ払いのオッサンに笑われるのとでは、全く違う気持ちになるのです。

何度も通ううちに、私の頭の中に座席のハザードマップが完成し、ズッコけることがなくなる頃には、綺麗なお姉さんや酒臭いオッサンら、謎の常連さん達と顔見知りになっていました。

謎の常連さん達…きっと第三者から見ると高校生っぽい(実際、高校生でした)私も昼間っから映画館に入り浸る、謎の人物に見えたに違いありません。

顔見知りになったといっても、自己紹介なんてするわけもなく、まともな会話を交わすこともなく、名前もどこに住んでいるのかも、彼らのことは何一つ知りませんでした。

知っているとしたら、彼らが私よりも、映画にずっと詳しいだろうということだけでした。

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ある日、安全と見極めた座席にドスッと腰を落とすと、その酔っ払いのオッサン(今思うと最初に見かけたときに酒臭かっただけでそのあとはシラフだった気がします、第一印象で決め付けてたのかもしれません)が、後ろの席から「へえー。サル以下のお兄ちゃんやと思ぅとったけど、学習能力あるやんけ。大したもんや」とパチパチ拍手してきました。

無視していると、そのオッサンが隣に座って瓶コーラを渡してくれました。

映画館に行くと、ときどき常連さんが飲み物やポップコーンを奢ってくれていましたが、オッサンもそんな優しい大人の1人でした。

お礼は言ってたと思いますが、そこから話が膨らむことはなく、今なら連絡先を交換したりすぐできていたでしょうが、私は彼らの名前すら1人も知らずに高校を卒業し、しばらくすると国道沿いの名画座は取り壊され、跡地には家電量販店が建ってしまうのでした。

例のオッサンが隣に座ったときは「えー!こんなに空いてるのに他の席で見ろや!」と、心の中で絶叫していました。

その日、上映していたのはハワード・ホークス監督の傑作ギャング映画「スカーフェイス(暗黒街の顔役)」(1932年)。後に、アル・パチーノ主演でもリメイクされる名作です。

入れ替え制ではないので、一旦入場したら最終回まで何度も見れるので、その日もそうしようと決めていました。

オッサンは一回目を見終わった頃合いを見て「何回見てもええ映画やなあ」と話しかけてきました。

確かにいい映画でした。私にとっては初スカーフェイスでしたが、「何回見ても」と口にしたオッサンは、もう何度も見ているのでしょう。

黙っているのも気まずいので「何回目なんですか?」と聞く私の声が聞こえなかったかのように、オッサンは「昔、むかしに丹波にも映画館があったんや。ここに少し似てて、雰囲気ある映画館があったんや」と、問わず語りに話し出すのです。

小さい頃に親戚がいる丹波を訪ねたとき、父親にその映画館に連れられできたことがあったそうです。

その後、オッサンは「軟派な道」に入ってしまい、新しい事務所に〝転勤〟することになり、行ってみると、その丹波の映画館の跡地に建てられたビルだったそうです。

そのとき、自分が無性に情けなくなって、後悔が耐えられないほど膨れ上がってしまい、最後に大仕事を引き受けて〝お勤め〟から帰って「軟派の道」を抜けたそうです。

「ワシがあの映画館を壊してしまったような気分になってもぅてなぁ」。

当時、怖いもの知らずというか、俺なんてどっかで野垂れ死ぬと厭世的になっていた私が「おっちゃん、ヤーさんか?」と、ド直球に聞くと「ちゃうちゃう、ちょっと軟派な道に外れただけや」と、つまらなそうに否定しました。

もう、35年も前の話です。いや、もっと前か。

あれから幾星霜、先日訪れた立命館大学で「ヱビスシネマ」という映画館の広報紙を偶然手にして、それがあの「丹波の映画館」に間違いないと気づくと、高校時代の記憶が一気に呼び覚まされました。

オッサンの言ってた、あの映画館です。

あれから…近隣住民が暴力団追放に立ち上がり、2014年に建物を買い取り、2021年には映画館として復活していたのです。

しかし、2022年に新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が出てしまい、営業自粛、経営難に陥ってしまいます。

それでも、クラウドファンディングで資金を集めて、銀幕の光を繋いだという、ちょっとした感動物語が紡がれていたのです。


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そして、なんの、偶然か。ヱビスシネマの記事が日経新聞でも取り上げられていました!

その記事で、暴力団事務所が「山口組傘下の組織」ということもわかりました。

オッサンの「ちゃうちゃう、ちょっと軟派な道に外れただけや」と言う声を思い出し「何がちょっと軟派な道や、バリバリのメジャーリーガーやないか」と、思わず笑ってしまいました。

まあ、とにかく、ヱビスシネマ。行かねばなりません。

あのオッサンは、映画館の復活を絶対に知っているはずです。もしかしたら、会えるかもしれません。

元ミス近大とは再会を果たして、去年のお正月は夜通し映画談義したのでしたが、今年は私が大阪方面にヤボ用があってサスペンドになっていたところでした。

もし、あのオッサンと再会できたらどんなに面白いことでしょうか…しかし、あの頃であのオッサンは何歳だったのだろうと考えると、再会なんてあり得ないかもしれないと思い直すと、少し悲しくなりました。

60歳と言われたら、そんな気もするし、今の私と同じくらいとしても50過ぎ、今では85を超えてることになります。あのとき60歳なら、今95歳…。



あのオッサンと「スカーフェイス」や「ゴッドファーザー」「仁義なき戦い」なんかの話ができていたら、どんなに面白かったことでしょう!

私がますます高校に行かなくなってたことは間違いありません。


どうして、あのとき名前や連絡先を聞かなかったのか…後悔が募ります。

高校を卒業したタイミングで「お世話になりました」と挨拶に行って、遅ればせながらにも程がある自己紹介や連絡先を交換していたら…。

世の中、後悔することばかりです。

今ならすぐ連絡できる関係に繋がることができるのでしょうが…よくよく考えると、あのオッサンのSNSとか見たないな…。それに「軟派な道は抜けた」なんてウソだったかもしれんし。

ああ、でもとにかく無性に会いたくなりました。