日本最高ファイターは誰なのか?

独断と偏見で、ファイティング原田か井上尚弥です。

「階級難易度を無視して、欧米でリスペクトされず、層が薄いバンタム級の二人を俎上に乗せるのはおかしい」。

「フットサルやビーチサッカーの選手を〝史上最高のフットボーラー〟の議論に挙げるようなもの」。

「井上尚弥はまだファイティング原田らの域に達していない」という意味の発言をしたフレディ・ローチのような意見も、特に海外では少なくないでしょう。



階級難易度には二つの意味があります。

一つ目はもちろん、単純な層の厚さや世界的な人気(報酬)です。バンタム級と、ウェルター級やミドル級、ヘビー級では、世界チャンピオンになる難易度は当然ながら大きく違います。

二つ目も、結局は同じ話ですが、人気階級は日本人には大きすぎる、という難易度です。村田諒太のような才能に恵まれても、スパーリングの相手にも苦労することになります。

華やかな人気階級には、分厚く高い壁が二枚も立ち塞がっているということです。

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それでも、階級難易度とは無縁のバンタム級で戦った二人を日本最高の〝決勝戦〟の舞台に上げるのには理由があります。

まず、原田は1団体10階級時代に世界初のフライ〜バンタムの二階級制覇に成功。

原田が、バンタム級で破った相手はエデル・ジョフレ。リング誌の60年代PFPであのモハメド・アリを差し置いて1位評価に輝いたグレートです。

原田に2連敗して引退したジョフレは3年近いブランクからカムバック、難なくフェザー級タイトルを獲得。敗北は原田に喫した2敗のみで再び引退。

このブラジリアンがバンタム級時代にどれほど強かったのかは、容易に想像できるでしょう。

また、1995年に事実上の一発殿堂を果たした原田は全米ボクシング記者協会(BWAA)から「文句なしにアジア史上最高のファイター」と評価されました。

このAsiaがJapanに〝格下げ〟になったのは、2008年にマニー・パッキャオがオスカー・デラホーヤをストップした13年後のことでした。

He is arguably Japan's greatest fighter ever. 

THE ONLY man to ever win the flyweight and bantamweight world titles.


BWAAの評価に右に倣えというのは癪に障りますが、日本のネットニュースよりは、はるかにマシです。

世界王者が10人しかいなかった時代、PFPなどという妄想が突け入る隙のない時代に、もし無理やりPFPランキングを作ると世界王者のほとんどが10傑に数えられたでしょう。

階級難易度を差し引いても、原田の業績は日本ボクシング史の中で頭抜けているのです。

当時、4つの団体がそれぞれ17の階級を抱えていたら、ジョー・メデルら世界ランカーはバンタム級の周辺階級で複数階級制覇を果たしていたことは間違いありません。

1960年代。世界タイトルは今では考えられないほど輝いていたはずです。

世界王座はどこまでも尊く、今や死語の「無冠の帝王」たちが当たり前に涙をのんでいた時代でした。

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一方で、現代も1団体10階級なら、誰かがUndisputed championになっていたはずです。

そして、もちろん有象無象のa championたちはアルファベットタイトルすら手にできず、もしかしたら「無冠の帝王」とすら呼ばれずにキャリアを終えていたでしょう。

そんな混迷の時代に、井上尚弥はUndisputed championになったのです。

もちろん、今は17階級時代です。

同じバンタム級でも、フライ〜フェザーで3人しか世界王者がいなかった原田の時代から、ジュニア階級が入り組んだ井上時代は7階級まで細分化されてしまいました。

また、原田の時代から、ボクシングは人気も地位も下落、ジムの数も競技人口も激減、自民党の議員連に行く末を心配される有様です。

野球も60年代から人気も地位も下落しているとはいえ、選手報酬は高騰、MLBにも毎年トップ選手が挑戦するなど、議員連ごときがわざわざ応援する隙はありません。

井上尚弥は、大谷翔平のように米国の大メディアが絶賛してくれることもなく、サムライブルーのように日本中が熱狂したわけでもなく、平日にネット配信された試合でUndisputed championの座を掴みました。

最後のピースを奪い獲ったボール・バトラーはバンタム級王者に2度就いた英国人ですが、1団体時代なら王者は論外、無冠の帝王とも呼ばれていなかったことは誰の目にも明らかなボクサーでした。

井上のキャリアで、バトラーほどひどい相手はいませんが、それでもPFPやそれに近い旬の強豪は皆無、現在のバンタム級は17階級の中でも屈指の埋没空洞階級です。

とはいえ、他のスポーツなら、あるいは原田の時代なら目の前の敵を倒し続けていれば辿り着くはずの最強の座を、井上は自らの熱い意志で摑み獲りました。

それも、逃げ延びることしか頭にないバトラーを一生懸命に深追いして、最後は倒し切りました。

外国人なら、普通はあそこまで深追いしません。楽に勝てるに越したことはありません。

「KOにはこだわってます。ファンあってのボクシング。やっぱり、みんなKO見たいじゃないですか」。

泣かせます。

日本人でないと、こんなセリフは吐けません。

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まだ誰にも勝っていない井上尚弥と、60年代から70年代初頭にフライ、バンタム、フェザーを実質3階級制覇した原田を同列に語るには「まだ早い」のかもしれませんが、The Sooner The Better.です。

まずは、2000年代のバンタム級シーンをリング誌風に格付けしてゆきます。

その前に現在のボクシングシーン。カッコ内は現在の代表的な該当階級。

▶︎松:一発殿堂クラスの大物が全盛期でゴロゴロ転がっている。(なし)

▶︎竹:現役のPFPファイターが複数割拠。(ウェルター級/ライトヘビー級)

▶︎梅:旬の強豪がシノギを削る若い活火山クラス OR ピークアウトしていないグレートと次代を担う若手が絶妙ブランド。(ジュニアウェルター級/ライト級/ジュニアバンタム級)

▶︎草:多くのタレントが引退や転級で空洞化したクラス。(フェザー級)

▶︎泥:そもそもの競技人口が貧弱なため、強豪が割拠することが少ない。(ストロー級)


軽量級のバンタムは「泥」の性格から免れず、現状は「泥」と「草」のモザイク状態ですが、活況を呈した時期もありました。

続く…。