場末のブログが大上段に構えました。



世界最大のスポーツイベント、サッカーW杯の盛り上がりと、井上尚弥が日本人としてファイティング原田以来、54年ぶりのバンタム級Undisputed championの坐に就いた12月、この二つのスポーツの未来について考えます。

世界でも日本でもメジャーの中のメジャースポーツであるサッカーと、日本でも米国でも存在感が矮小化する一方のボクシング…二つのスポーツには共通点がないように見えるかもしれません。

しかし、1980年頃まで「日本人が世界で戦うプロスポーツ」の主役はボクシングでした。

当時のサッカーはW杯出場は遠い夢、ガラガラの観客席と枯れた芝生や土のグラウンドでプレーするマイナースポーツでした。

中田英寿も野茂英雄も、大谷翔平もいなかった時代です。

当時のボクシング世界戦は、現在のサムライブルーのように老若男女を惹きつけるボリュームの人気こそありませんでしたが、具志堅用高らへの応援は日本代表に対するそれと酷似した思いが込められていました。

80年代初頭までは〝地球が狭くなった〟現代のスポーツファンには想像できないかもしれませんが、王貞治がベーブ・ルースやハンク・アーロンの本塁打記録を後楽園球場で更新することに熱狂していたのです。

そして、ボクシングでも王者に挑戦するとき、防衛戦を行うとき、いつもリングは日本国内に組まれるのがデフォルトでしたが、日本人が外国のトップ選手と戦い勝つ姿を観らことができるこのスポーツの興奮は他のスポーツでは味わえないものでした。

当時、輪島功一は王の記録について「日本の記録じゃねぇか。こっちは本物の世界だ」と啖呵を切りましたが、具志堅のジュニアフライ級はもちろん、輪島のジュニアミドル級も「世界」からは〝死角〟にあるマイナークラスでした。

当時は情報量が圧倒的に少なかったから、王貞治や具志堅用高が国民的英雄になれた、というのは事実かもしれません。

とてつもない情報量が溢れる現代では、日本でMLBの数字だけのは悪いだ記録を樹立しても、ジュニアフライ級のタイトルを13連続防衛しても、国民栄誉賞が贈られることも、取り沙汰されることもなかったでしょう。

しかし、実は当時のスポーツファンの多くも、なんとなくわかっていました。

王貞治の本塁打記録も、具志堅用高の世界タイトル13連続防衛も、「世界」が偉業として認めていないだろうことは容易に想像がつきました。

それでも、そんなことを口にすると「野暮なこと言うなや」と、誰かに笑われたでしょう。

おおらかな時代でした。

今は「世界で活躍する日本人」と認められるには、世界チャンピオンでございでは通用しません。〝証明書〟を求められてしまいます。

それは、現地のメディアが報道する熱量です。

もちろん、それは競技による人気が大きく左右しますから、米国では大谷翔平と井上尚弥では語られるメディアが違います。

大谷がタイム誌を単独カバーしたり、ニューヨークタイムズ紙で一般誌紙を単独カバーしたり、大きな特集が組まれる一方で、井上はスポーツイラストレイテッド誌の表紙を飾ることすら想像できません。

井上はESPNのボクシングコーナーの檻に閉じ込められているというレベルでは、他の日本人ボクサーと何ら変わりません。

もちろん、サムライブルーも井上よりは遥かに扱いは大きいとはいえ、タイム誌の表紙は考えられません。

その意味でこの二つのスポーツには「世界征服の途上」という点でも共通しています。

サッカーは2050年にW杯優勝の大目標を掲げ、一段ずつ階段を上がっています。

「世界制服」の舞台であるW杯は、今や国民的関心事といっても言い過ぎではありません。

それでも「アジア予選が地上波生中継から外れるなど、人気が下がっている」(吉田麻也)という危機感を、ファンも含めた日本のサッカー界は共有していました。

もし、ブラボーなサムライたちが大方の予想通りにドイツとスペインに完敗していたなら、サッカー熱はさらに冷却されていたかもしれません。

いずれにしても、私たちはサッカーにおける「世界征服」が何なのかを、はっきりわかっています。

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「世界一」どころかベスト8が目標のサムライブルーと違い、ボクシングは100人近い世界王者を輩出してきました。

しかし、細分化された階級制のボクシングで、人気階級で王者になったのは竹原慎二と村田諒太だけ。ウェルター級とヘビー級では、一人の王者も生まれていません。

村田は五輪金という偉業を達成しましたが、プロで頂点に立ったとは言えません。

竹原が勝ったのはアルゼンチンのミドル級の系譜でカルロス・モンソンとセルヒオ・マルチネスのLineal championに挟まれた地味な階級最弱王者で、竹原は一度も防衛できませんでした。

井上尚弥は欧米で関心が低いバンタム級ですが、体格に恵まれない日本人としては天井一杯のパフォーマンスを見せ続けてくれています。

日本ボクシングが、井上のような完成度の高いファイターを一人でも多く育てることが大切なことは言うまでもありません。

欧米に迎合する必要など全くありません。ラスベガスやニューヨーク、ロンドンで繰り広げられる人気階級のメガファイトは、確かに眩しく輝いて見えます。

欧米ではメインディッシュになり得ない軽量級の井上や井岡一人のボクシングが、人気階級に技術的に劣っているとは到底考えられませんし、人気階級よりも面白くないとは全く思いません。

だから、このまま、第二の井上、第三の井岡が生まれるような環境作りをしていけばいい、と私は半分思っています。それも、間違いなく「世界征服」です。

しかし、もう半分では層の厚い人気階級で井上のようなパフォーマンスを見せるボクサーを生み出すための努力を積み重ねることもありだと思います。

井上が憧憬したように、大谷翔平に溜飲を下げまくるように、日本人はトドのつまりは米国に衝撃を与えたいのです。

もし、日本人がカネロ・アルバレスやタイソン・フューリーを失神KOで沈めたら、それは〝井上尚弥〟の地下マニアの賞賛ではなく、〝大谷翔平〟の衝撃です。

吉田麻也は「もっと目立って、子どもたちに憧れてもらって、運動能力に優れた子どもがサッカーを目指してくれるようにしたい」と熱く語っていました。

サッカーですら、危機感を募らせているのです。

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圧倒的なスタイルでバンタム級を完全統一した井上尚弥は、確かに「世界征服」を果たしました。

欧米が大きな関心を払わなくても、その価値は日本のボクヲタはよく識っています。軽量級の素晴らしさがわからない可哀想な欧米のメディアやファンなんて、相手にする必要はありません。

T -Mobileアリーナもマジソン・スクエア・ガーデンもバークレイズセンターも、さいたまスーパーアリーナよりも小さい箱です。

ただ、私が引っかかるのは、井上の「世界征服」の形がわからずに絶賛している人が多いことです。そんな人たちの多くは、もう一つの「世界征服」の形が見えていない気がするのです。

麻也の「運動能力に優れた子が目指すスポーツ」にという思いに、「世界制服」の形。…プロボクシングは深く複雑です。

個人的な思いですが、ボクシングに向いてるのは、一般的に考えられている「運動能力に優れた子」ではありません。

また、他のスポーツでは明らかな「世界制服」の形も、このスポーツでは何の輪郭も見えません。

シュガー・レイ・ロビンソンとフロイド・メイウェザーは何が違ったのか?

PFPで慰撫されたSRLはヘビー級の影に隠れて「世界制服」はできませんでした。一方で、一般的な知名度はロビンソン以下でもマネーはヘビー級を凌駕する注目と報酬を手に入れて「世界制服」を果たしました。

大谷翔平が6歳からボクシングをやっていたら、タイソン・フューリーをノックアウトしていたか?絶対無理だと思います。大谷が6歳からサッカーをやっていたら、とんでもないFWになっていたか?可能性は十分だと思います。



ブラックニッカ・スペシャルを空けてしまったところで一旦、お開き。続きます。