カリフォルニア州コチェラ・バレー。
この深い谷間に10年前から住みついた家族がいる。フンドラ一家だ。
家長のフレディ・フンドラはここに一つのポールに二つの旗を揚げた。
上にはためいているのは星条旗。その下には家族を表現した戦闘機が描かれた旗。
貧しかった時代、家族はエアコンもない古い12人乗りのバンでフロリダからカリフォルニアまで、10年もかけてアメリカ大陸をプダンしながら暮らしていた。
フンドラ一家にとって、この場所は住居だけではなく、トレーニングキャンプの意味も持つ。というよりも、キャンプ地で生活しているようなものだ。
実際に彼らの住居は決して広いとはいえないが、スパーリング用のリングやヘビーバッグ、トレーニング機器が完備されているのだ。
セバスチャン・フンドラはジュニアミドル級で世界のトップを狙える位置につけ、妹のガブリエラはキャリア1年ちょっとで9戦8勝1無効試合。
フンドラ兄妹はまだ一度も敗北を知らない。
「自分たちの生活が変だと思ったことはない。だって、これが私たちの普通だったんだから」と、24歳のセバスチャンは話すが、20歳のガブリエラは「私は10歳になる前に友達から変だって言われて気づいてたわ」と笑う。
兄妹は明日、初めて同じイベントでリングに上がる。前日計量でガブリエラが大きな歓声を受けたのは、ファミリーネームがアナウンスされて、スター候補フンドラの妹であることがわかったからではない。
その長身とよく似た顔立ちから、どこからどう見てもセバスチャンの妹に違いないと、誰もが確信したからだ。
二人ともサウスポーで、セバスチャンは197㎝のジュニアミドル級、ガブリエラは175㎝でフライ級!
やはりサウスポーで長身のフライ級、中谷潤人が172㎝だから、ガブリエラは3㎝も高い。
中谷が体格を活かしたボクシングを完成させているのに対して、フンドラ兄妹はクロスレンジでのパンチの交換を厭わないファイタースタイル。
相手が弱るまで距離を保つ中谷のようにスマートに戦うことができたら、もっと評価が高いのだろうが、だから観客をヒヤヒヤさせ、人気があるとも言える。
とはいえ、現状のスタイルは長身もリーチも短所になるシーンを自ら演出してしまっているのは否めない。
セバスチャンとガブリエラはいつも一緒だ。
ガブリエラは「いつも双子に間違えられる」と笑う。仲の良い二人は、喧嘩しているようにトラッシュトークを交わすが、しばらく聞いていれば、それが掛け合い漫才のようなものだとわかるだろう。
最近、家族で旅行したときにセバスチャンを知っているボクシングファンから「どうして(有名なプロボクサーの)あなたがこんなディスカウントショップで買い物してるんだ?」と、尋ねてきた。
セバスチャンが答える前に、ガブリエラが「セバスチャンはまだまだそんな域に達してない!」とすぐに返事した。
キューバで生まれたフレディはカリフォルニアに移民として渡ると、5歳の時に引っ越したフロリダで幼少期を過ごした。
フレディはボクシングを始めた時期がいつなのか、正確に思い出せない。物心ついた頃には、ボクシングが人生最大のテーマだった。アマチュアでもプロでもリングに上がった。
結婚して4人の子供をもうけたが、最初の妻とは離婚。
タクシーの運転手をしながら、指導者としてボクシングにしがみつき、家族を養った。
20年前、フレディは歯科医院で偶然出会ったモニカと再婚。
空軍保安部隊に所属していたモニカは、自分が産んだ2人の子供と、フレディの4人の子供、6人の母親になる。
フレディは2005年にRapid Fire Control Systems Inc.を設立、十分な資金を蓄えると2011年に会社を閉めて、ボクシングに集中するためにコチェラバレーに拠点を移した。
ロサンゼルスから3時間、ラスベガスから4時間、メキシコ国境からは2時間。そこで、セバスチャンとガブリエラは終わらない合宿生活を送ってきた。
「プロボクサーとして生活ができるのか、大きな賭けだと思ったが、父は私たちの才能を信じてくれた」(セバスチャン)。
フレディの夢は、家族でボクシング王朝を打ち建てること。
コチェラバレーの小さな〝チャンピオン・ファクトリー〟は、最初の世界王者を完成させる直前のところまで整備された。
夢が現実になると、もっと広い場所に移ることになるだろうが、ここが彼らにとっての最初の一歩であることは変わらない。
*********
先ほど、Showtimeのテレビ放送の開始カードで、ガブリエラがナオミ・レイエスに完勝(99-91, 99-91, 98-92)。
フェルナンド・マルチネスvsジェルウィン・アンカハスのIBFジュニアバンタム級戦、セバスチャンvsカルロス・オカンポのメインイベントに繋いで行きます。
この深い谷間に10年前から住みついた家族がいる。フンドラ一家だ。
家長のフレディ・フンドラはここに一つのポールに二つの旗を揚げた。
上にはためいているのは星条旗。その下には家族を表現した戦闘機が描かれた旗。
貧しかった時代、家族はエアコンもない古い12人乗りのバンでフロリダからカリフォルニアまで、10年もかけてアメリカ大陸をプダンしながら暮らしていた。
フンドラ一家にとって、この場所は住居だけではなく、トレーニングキャンプの意味も持つ。というよりも、キャンプ地で生活しているようなものだ。
実際に彼らの住居は決して広いとはいえないが、スパーリング用のリングやヘビーバッグ、トレーニング機器が完備されているのだ。
セバスチャン・フンドラはジュニアミドル級で世界のトップを狙える位置につけ、妹のガブリエラはキャリア1年ちょっとで9戦8勝1無効試合。
フンドラ兄妹はまだ一度も敗北を知らない。
「自分たちの生活が変だと思ったことはない。だって、これが私たちの普通だったんだから」と、24歳のセバスチャンは話すが、20歳のガブリエラは「私は10歳になる前に友達から変だって言われて気づいてたわ」と笑う。
兄妹は明日、初めて同じイベントでリングに上がる。前日計量でガブリエラが大きな歓声を受けたのは、ファミリーネームがアナウンスされて、スター候補フンドラの妹であることがわかったからではない。
その長身とよく似た顔立ちから、どこからどう見てもセバスチャンの妹に違いないと、誰もが確信したからだ。
二人ともサウスポーで、セバスチャンは197㎝のジュニアミドル級、ガブリエラは175㎝でフライ級!
やはりサウスポーで長身のフライ級、中谷潤人が172㎝だから、ガブリエラは3㎝も高い。
中谷が体格を活かしたボクシングを完成させているのに対して、フンドラ兄妹はクロスレンジでのパンチの交換を厭わないファイタースタイル。
相手が弱るまで距離を保つ中谷のようにスマートに戦うことができたら、もっと評価が高いのだろうが、だから観客をヒヤヒヤさせ、人気があるとも言える。
とはいえ、現状のスタイルは長身もリーチも短所になるシーンを自ら演出してしまっているのは否めない。
セバスチャンとガブリエラはいつも一緒だ。
ガブリエラは「いつも双子に間違えられる」と笑う。仲の良い二人は、喧嘩しているようにトラッシュトークを交わすが、しばらく聞いていれば、それが掛け合い漫才のようなものだとわかるだろう。
最近、家族で旅行したときにセバスチャンを知っているボクシングファンから「どうして(有名なプロボクサーの)あなたがこんなディスカウントショップで買い物してるんだ?」と、尋ねてきた。
セバスチャンが答える前に、ガブリエラが「セバスチャンはまだまだそんな域に達してない!」とすぐに返事した。
キューバで生まれたフレディはカリフォルニアに移民として渡ると、5歳の時に引っ越したフロリダで幼少期を過ごした。
フレディはボクシングを始めた時期がいつなのか、正確に思い出せない。物心ついた頃には、ボクシングが人生最大のテーマだった。アマチュアでもプロでもリングに上がった。
結婚して4人の子供をもうけたが、最初の妻とは離婚。
タクシーの運転手をしながら、指導者としてボクシングにしがみつき、家族を養った。
20年前、フレディは歯科医院で偶然出会ったモニカと再婚。
空軍保安部隊に所属していたモニカは、自分が産んだ2人の子供と、フレディの4人の子供、6人の母親になる。
フレディは2005年にRapid Fire Control Systems Inc.を設立、十分な資金を蓄えると2011年に会社を閉めて、ボクシングに集中するためにコチェラバレーに拠点を移した。
ロサンゼルスから3時間、ラスベガスから4時間、メキシコ国境からは2時間。そこで、セバスチャンとガブリエラは終わらない合宿生活を送ってきた。
「プロボクサーとして生活ができるのか、大きな賭けだと思ったが、父は私たちの才能を信じてくれた」(セバスチャン)。
フレディの夢は、家族でボクシング王朝を打ち建てること。
コチェラバレーの小さな〝チャンピオン・ファクトリー〟は、最初の世界王者を完成させる直前のところまで整備された。
夢が現実になると、もっと広い場所に移ることになるだろうが、ここが彼らにとっての最初の一歩であることは変わらない。
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先ほど、Showtimeのテレビ放送の開始カードで、ガブリエラがナオミ・レイエスに完勝(99-91, 99-91, 98-92)。
フェルナンド・マルチネスvsジェルウィン・アンカハスのIBFジュニアバンタム級戦、セバスチャンvsカルロス・オカンポのメインイベントに繋いで行きます。
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