日本人ボクサーの世界相手の大勝負。
1970年代末に、国民的英雄・具志堅用高によってボクシングの世界に誘われた私が見た「日本人ボクサーの世界相手の大勝負」、独断と偏見で選んだそのトップ5は以下の通りです。
【Undisputed champion 完全統一王者】
1984年7月5日、渡辺二郎vsパヤオ・プーンタラト第1戦。
二団体時代、WBAとWBCは今以上にいがみ合っており、統一戦を行うにはいくつもの障害を乗り越えなければなりませんでした。
「世界王者が2人もいるっておかしいでしょ」と対立王者との決戦を熱望したWBAジュニアバンタム級のタイトルホルダー渡辺でしたが、WBAは「統一戦のリングに上がった時点で王座剥奪」と通告します。
帝拳サイドはWBAと交渉を重ねて、剥奪のタイミングを「勝者がコールされる試合終了の直後」まで引き伸ばすまで漕ぎ着けました。
一瞬の刹那でしたが、渡辺はUndisputed championの座に就いたのです。
そして。
渡辺以来の日本人のUndisputed championは、38年間も生まれることなく、もう38年の歳月が流れてしまいました。
【Unified champion 団体統一王者】
2010年4月30日、長谷川穂積vsフェルナンド・モンティエル。
渡辺二郎から26年、Undisputed championではありませんが、現役の対立王者との激突です。
世界はとっくに4-Belt Era に突入していたにもかかわらず、JBCはWBAとWBCの二団体しか認めていなかった鎖国時代、そしてインターネットが完全に普及した時代でした。
4-Belt Eraはそれまでの「3」の時代とは全く様相が異なる、不条理極まる時代です。
同一団体・同一階級でも世界王者が乱立され、世界ランキングは、自分たちの団体の地域タイトルホルダーなど我田引水の傾向が一気に強まります。
穴王者と雑魚挑戦者が大量生産され、ボクシングのステイタスはさらに沈下する暗黒時代、それが4-Belt Eraです。
日本では強豪王者のウィラボン・ナコンルンアンプロモーションが、世界ではどう評価されているか、長谷川の防衛戦の相手が何者なのか…専門誌を取り寄せなくても、インターネットはすぐに事実を教えてくれるのでした。
絶対王者と呼ばれ、10度も防衛したにもかかわらず、長谷川には「本当にバンタム最強か」という疑念がネットを中心に渦巻いていました。
モンティエルはメキシカンでも、ファイトマネーは低く、つまり人気がなく(当時はメキシコのスーパースターが3人も席巻していたという事情もありますが)、3階級目のバンタムでは誰からもクラス最弱と見られていました。
オッズは3-1、多くの予想は階級最強王者が最弱王者を粉砕する、というものでした。
しかし、私たちが聞いてしまったのは「過去最強や」というインタバルでの長谷川の声、見てしまったのは単純なフェイントに打ち抜かれた絶対王者の幻想と、そのモンティエルがドネアに予告された2ラウンドで簡単に屠られたという事実でした。
日本武道館が静まり返った、あの夜。
9年後の英国グラスゴーで、私の胸奥には嫌な予感がが膨らんでいました。
圧倒的に強い絶対王者・井上尚弥と、直近の試合で不細工な戦いぶりを晒け出しているエマヌエル・ロドリゲス。
フシ穴の私は、9年前の悪夢をまた見てしまうのでは、という不安に駆られていました。
【軽量級最強ドネアへの挑戦】
2012年10月13日、西岡利晃vsノニト・ドネア。
世界戦で2試合続けてKOを逃したことのなかったドネアでしたが、ジュニアフェザー級ではウィルフレド・バスケスJr.とジェフリー・マゼブラと判定までもつれ、劣化や階級の壁が囁かれていました。
それでも、西岡戦は後に「日本人はもっと頭を使って戦うべき」という言葉通りに圧倒、ジュニアフェザー級で初めてのKO勝利を収めます。
このあと人気者ホルヘ・アルセも粉砕。
2012年はバスケスJr.、マゼブラ、西岡、アルセと4戦全勝、この年の年間最高選手賞(シュガー・レイ・ロビンソン賞)を獲得します。
マニア待望の最強挑戦者ギレルモ・リゴンドー との対戦、ブックメーカーによってもフェイバリットが変わるほどオッズは互角。
ドネアが年間最高選手賞を受賞するなどキャリアハイを迎えていたことを考慮すると、劣化も指摘されていたフィリピン人が実質アンダードッグだったともいえるかもしれません。
ドネアはリゴンドー 戦から、暗く長いトンネルに入りますが、その話はまた別の場所で。
【日本史上最大の戦い】
2022年4月9日、村田諒太vsゲンナジー・ゴロフキン。
80年代のミドル級ウォーズによって世界のボクシングにのめり込んだ私にとって「ミドル級五輪金メダリストの日本人が、ミドル級のビッグネームと拳を交える」なんて夢想だにできませんでした。
「ゴロフキンは80年代でいうとハグラーやレナード、ハーンズ、デュラン」と語っても、誰も「それは絶対に違う」と否定出来ないでしょう。
結果だけが悔しく、残念でしたが、村田諒太が見せてくれた世界は、まさしく私が耽溺した「五輪金からプロでメガファイト」という夢の実現でした。
私たちは「村田諒太の再来」を見ることができるのでしょうか…?
【Unified champion 団体統一王者】
長谷川穂積が惨敗してから、Unified champion は井岡一翔や田口良一が2団体統一に成功します。
井岡と田口には失礼な物言いになりますが、個人的には渡辺や長谷川の試合で感じた緊張感はありませんでした。
それは、井岡の相手が日本人の八重樫東であったこと、田口の相手がミラン・メリンドという〝底の見えた〟ボクサーだったせいかもしれません。
それを言い出すと、ロドリゲスなんて八重樫やミランドよりも実績はずっと下のボクサーなのですが。
IBFの指名挑戦者になった頃のロドリゲスは輝いて見えました。
強豪との手合わせこそないものの、大国プエルトリコで「ホープ10人」に数えられ、当時バンタム最強と目されていたライアン・バーネットが対戦を回避したときには「井上にとって最強のライバルになる」と思ったのですが…。
ポール・バトラーと争った空位のIBFタイトルマッチでは初回に2度のダウンを奪いますが、とどめを刺すことが出来ません。
そして、ジェイソン・モロニー戦で薄っぺらな技術と、絶望的なまでの気の弱さを晒け出してしまう、負けでもおかしくない内容。
バトラー戦は「世界初挑戦で大事に戦ったから」、モロニー戦は「拳を痛めたから」…ロドリゲスはそこそこ強いというイクスキューズは何とか見つけることができましたが…。
モンティエルも長谷川戦の前には不細工な試合を重ねていたのに、長谷川相手だとキレキレでした。
嫌な予感がしました。初回、井上と同い年のプエルトリカンが互角に渡り合うと、嫌な予感は膨らみました。
全くの杞憂でした。
ロドリゲスは世界戦で2勝2敗KO勝利はゼロ、弱い相手には圧倒的に勝ち、強い相手にはきっちり負ける〝マイク・タイソン型〟の過大評価、プエルトリコ・ドミノの1枚でした。
さて、あと13日に迫ったドネアとの再戦。
現時点の井上のキャリアで2番目の強豪です。もちろん、一番目は初戦のドネア、今より2年7ヶ月若い36歳のドネアです。
ドネアはロートル(実は中国語で老頭児)ですが老いぼれではありません。Chump(穴王者)でもありません。ましてやcherry-pickやcream-puff (雑魚)でもありません。
試合が終わったとき、39歳のドネアが実は井上のキャリア最強だった…とならないことを祈るばかりです。
きっと、今回も杞憂に終わるでしょう。そのはずです!
1970年代末に、国民的英雄・具志堅用高によってボクシングの世界に誘われた私が見た「日本人ボクサーの世界相手の大勝負」、独断と偏見で選んだそのトップ5は以下の通りです。
【Undisputed champion 完全統一王者】
1984年7月5日、渡辺二郎vsパヤオ・プーンタラト第1戦。
二団体時代、WBAとWBCは今以上にいがみ合っており、統一戦を行うにはいくつもの障害を乗り越えなければなりませんでした。
「世界王者が2人もいるっておかしいでしょ」と対立王者との決戦を熱望したWBAジュニアバンタム級のタイトルホルダー渡辺でしたが、WBAは「統一戦のリングに上がった時点で王座剥奪」と通告します。
帝拳サイドはWBAと交渉を重ねて、剥奪のタイミングを「勝者がコールされる試合終了の直後」まで引き伸ばすまで漕ぎ着けました。
一瞬の刹那でしたが、渡辺はUndisputed championの座に就いたのです。
そして。
渡辺以来の日本人のUndisputed championは、38年間も生まれることなく、もう38年の歳月が流れてしまいました。
【Unified champion 団体統一王者】
2010年4月30日、長谷川穂積vsフェルナンド・モンティエル。
渡辺二郎から26年、Undisputed championではありませんが、現役の対立王者との激突です。
世界はとっくに4-Belt Era に突入していたにもかかわらず、JBCはWBAとWBCの二団体しか認めていなかった鎖国時代、そしてインターネットが完全に普及した時代でした。
4-Belt Eraはそれまでの「3」の時代とは全く様相が異なる、不条理極まる時代です。
同一団体・同一階級でも世界王者が乱立され、世界ランキングは、自分たちの団体の地域タイトルホルダーなど我田引水の傾向が一気に強まります。
穴王者と雑魚挑戦者が大量生産され、ボクシングのステイタスはさらに沈下する暗黒時代、それが4-Belt Eraです。
日本では強豪王者のウィラボン・ナコンルンアンプロモーションが、世界ではどう評価されているか、長谷川の防衛戦の相手が何者なのか…専門誌を取り寄せなくても、インターネットはすぐに事実を教えてくれるのでした。
絶対王者と呼ばれ、10度も防衛したにもかかわらず、長谷川には「本当にバンタム最強か」という疑念がネットを中心に渦巻いていました。
モンティエルは、幼い頃の夢「東京でWBC世界王者になる」を現実にしました。
モンティエルはメキシカンでも、ファイトマネーは低く、つまり人気がなく(当時はメキシコのスーパースターが3人も席巻していたという事情もありますが)、3階級目のバンタムでは誰からもクラス最弱と見られていました。
オッズは3-1、多くの予想は階級最強王者が最弱王者を粉砕する、というものでした。
しかし、私たちが聞いてしまったのは「過去最強や」というインタバルでの長谷川の声、見てしまったのは単純なフェイントに打ち抜かれた絶対王者の幻想と、そのモンティエルがドネアに予告された2ラウンドで簡単に屠られたという事実でした。
日本武道館が静まり返った、あの夜。
9年後の英国グラスゴーで、私の胸奥には嫌な予感がが膨らんでいました。
圧倒的に強い絶対王者・井上尚弥と、直近の試合で不細工な戦いぶりを晒け出しているエマヌエル・ロドリゲス。
フシ穴の私は、9年前の悪夢をまた見てしまうのでは、という不安に駆られていました。
【軽量級最強ドネアへの挑戦】
2012年10月13日、西岡利晃vsノニト・ドネア。
世界戦で2試合続けてKOを逃したことのなかったドネアでしたが、ジュニアフェザー級ではウィルフレド・バスケスJr.とジェフリー・マゼブラと判定までもつれ、劣化や階級の壁が囁かれていました。
それでも、西岡戦は後に「日本人はもっと頭を使って戦うべき」という言葉通りに圧倒、ジュニアフェザー級で初めてのKO勝利を収めます。
このあと人気者ホルヘ・アルセも粉砕。
2012年はバスケスJr.、マゼブラ、西岡、アルセと4戦全勝、この年の年間最高選手賞(シュガー・レイ・ロビンソン賞)を獲得します。
マニア待望の最強挑戦者ギレルモ・リゴンドー との対戦、ブックメーカーによってもフェイバリットが変わるほどオッズは互角。
ドネアが年間最高選手賞を受賞するなどキャリアハイを迎えていたことを考慮すると、劣化も指摘されていたフィリピン人が実質アンダードッグだったともいえるかもしれません。
ドネアはリゴンドー 戦から、暗く長いトンネルに入りますが、その話はまた別の場所で。
【日本史上最大の戦い】
2022年4月9日、村田諒太vsゲンナジー・ゴロフキン。
80年代のミドル級ウォーズによって世界のボクシングにのめり込んだ私にとって「ミドル級五輪金メダリストの日本人が、ミドル級のビッグネームと拳を交える」なんて夢想だにできませんでした。
「ゴロフキンは80年代でいうとハグラーやレナード、ハーンズ、デュラン」と語っても、誰も「それは絶対に違う」と否定出来ないでしょう。
結果だけが悔しく、残念でしたが、村田諒太が見せてくれた世界は、まさしく私が耽溺した「五輪金からプロでメガファイト」という夢の実現でした。
私たちは「村田諒太の再来」を見ることができるのでしょうか…?
【Unified champion 団体統一王者】
長谷川穂積が惨敗してから、Unified champion は井岡一翔や田口良一が2団体統一に成功します。
井岡と田口には失礼な物言いになりますが、個人的には渡辺や長谷川の試合で感じた緊張感はありませんでした。
それは、井岡の相手が日本人の八重樫東であったこと、田口の相手がミラン・メリンドという〝底の見えた〟ボクサーだったせいかもしれません。
それを言い出すと、ロドリゲスなんて八重樫やミランドよりも実績はずっと下のボクサーなのですが。
IBFの指名挑戦者になった頃のロドリゲスは輝いて見えました。
強豪との手合わせこそないものの、大国プエルトリコで「ホープ10人」に数えられ、当時バンタム最強と目されていたライアン・バーネットが対戦を回避したときには「井上にとって最強のライバルになる」と思ったのですが…。
ポール・バトラーと争った空位のIBFタイトルマッチでは初回に2度のダウンを奪いますが、とどめを刺すことが出来ません。
そして、ジェイソン・モロニー戦で薄っぺらな技術と、絶望的なまでの気の弱さを晒け出してしまう、負けでもおかしくない内容。
バトラー戦は「世界初挑戦で大事に戦ったから」、モロニー戦は「拳を痛めたから」…ロドリゲスはそこそこ強いというイクスキューズは何とか見つけることができましたが…。
モンティエルも長谷川戦の前には不細工な試合を重ねていたのに、長谷川相手だとキレキレでした。
嫌な予感がしました。初回、井上と同い年のプエルトリカンが互角に渡り合うと、嫌な予感は膨らみました。
全くの杞憂でした。
ロドリゲスは世界戦で2勝2敗KO勝利はゼロ、弱い相手には圧倒的に勝ち、強い相手にはきっちり負ける〝マイク・タイソン型〟の過大評価、プエルトリコ・ドミノの1枚でした。
さて、あと13日に迫ったドネアとの再戦。
現時点の井上のキャリアで2番目の強豪です。もちろん、一番目は初戦のドネア、今より2年7ヶ月若い36歳のドネアです。
ドネアはロートル(実は中国語で老頭児)ですが老いぼれではありません。Chump(穴王者)でもありません。ましてやcherry-pickやcream-puff (雑魚)でもありません。
試合が終わったとき、39歳のドネアが実は井上のキャリア最強だった…とならないことを祈るばかりです。
きっと、今回も杞憂に終わるでしょう。そのはずです!








コメント
コメント一覧 (1)
剥奪は、勝者コール直後ですか.....
ホント、コンマ....秒の世界ですね。
一瞬でも誇り高き、完成形統一世界王者ですね、
あのときは.....
長谷川のときは、長谷川がパヤオ側みたいな感じでした。
まだ閉鎖的で扉をノックしている感じ。
井岡のときは、快挙という感じしなかったです。
統一したら、ベルト返上すると公言した上で
WBC,WBAは統一戦を認めました。
丸くなったのか?いいかげんなのか?
原田が日本人歴代バンタム級王者とくらべられたくないのは、彼らが本物と闘いかったのでなく、
彼らが、本物でないからでしょう。
井上は本物になるための本物と出会う扉を
開けようとしているところか?
フシ穴の眼
が
しました