金が欲しくて横領する。

金が惜しくて脱税する。

人が憎くて殺人を犯す。

性欲に負けて姦淫する。

ほとんどの犯罪にはなんらかの理由があります。

ましてや、組織が犯罪を起こす場合は、必ず理由があります。

例えば、JBCなら多くの承認料が期待できる亀田兄弟や井岡一翔を特別に優遇するのは、一種の贈賄です。

しかし、彼らはあろうことが真逆の行為に走るのです。

スター選手が米国での試合に憧れる傾向もJBCは真剣に歯止めをしなければならないはずでした。

「軽量級は日本の方が大きな試合になる」「米国の人気階級であっても国内でのビッグファイトが基本」という説明を選手や社会に丁寧にすべきなんです。

さらに、私でも収支決算のPDFを見るくらいしか開かないJBCのHP。

注目の試合結果をレフやジャッジの目線から振り返るレポートなども出来るはずです。

他にない独自の施策を打ち出すのは難しいにしても、他のプロスポーツが成功していることの後追いすらしないのは、低脳ではなく怠惰です。

なーんにもしないばかりか、金ヅルの亀田や井岡にあらぬ罪を被せて抹殺しようとする…。

組織としての自殺行為です。わけがわかりません。



JBCに対して、亀田一家の行動は非常に理に適っています。

父・史郎は「3人とも世界チャンピオンにする」と宣言、三兄弟は不断の努力で父親の言葉を現実にしました。

彼らに非があるとしたら、まずボクシングの世界チャンピオンは本当の世界一ではない、ということに気づいていなかったことです。

低脳極まる一家はそれが理解できず「ボクシングの世界チャンピオンは凄い」と60年代の感覚で信じていました。

メディアに乗せられるままに調子に乗って吐き続けた下劣な言葉も、本当に強ければカシアス・クレイのように信者とアンチが分かれたでしょう。

井上尚弥の「4人も世界王者がいて誰が一番強いのか分からないなんておかしい」と統一を目指すような言葉が、彼らの口から聞くことができれば、世間の受けとめ方も変わっていたかもしれません。

あるいは、「パンチもないし特別テクニックも高くないよ、でも俺これしかでけへんから。どんなに泥臭くても勝つんや」と、自らの実力を理解していたらまた違ったでしょうか。

以前、コメント欄でどなたかが「もし、井上が亀田のように振る舞っていたら?」と書いてくれましたが、今以上に人気が沸騰していたのは間違いありません。

もちろん、ここでいう人気は信者やサポーターだけでなく、アンチも含めて、です。

井上ならアリばりの予告KOも出来たはず。今とは注目度のレベルが違う、信仰と支持と嫌悪が渦巻く、日本スポーツ史上に例を見ない複雑なヒーローになっていたでしょう。

それに対して、彼らは「亀田とKOはセット」とか、己の実力とかけ離れた妄言を垂れるからますます嫌われたのです。

全てをわかって、世間の軽蔑を集めて、試合への関心を煽っていたのなら〝浪速のメイウェザー〟でしたがわ、彼らにそんな知性はありません。

亀田大毅が内藤大助戦でやってしまった反則行為と、コーナーからの指示は非常に悪質なものでした。

しかし、あのときを除くと、彼らのファイトスタイルのほとんどは、けしてファンを喜ばせる種類のものではなかったとはいえ、クリーンと言っても良いものでした。

人気の出るスタイルとは程遠かったものの、3人とも父親の教えを真摯に聞いて練習に取り組み、リングの上でも懸命の根性を見せてきたのです。

そこにはJBCの怠惰は、全く見当たりません。

その言動は、リングの上での圧倒的な強さ以外は免罪符にならないもので、下劣で不愉快な腐臭を放っていましたが、それは彼らがもともと頭が悪かったということだけでなく、メディアが煽った責任もあります。

安易な世界タイトルマッチの責任は承認団体にあり、疑惑の裁定も承認団体とジャッジだけが責められるべきものです。

もちろん、暗愚な群衆は「亀田なら何をしても許される」とばかりに寄ってたかって叩きのめし、あろうことかJBCはそれに加担したばかりか、ありもしない犯罪行為までデッチあげたのです。

彼らは、狩られた魔女でした。