スターというのはみんなの期待に応える存在。

でもスーパースターの条件は、その期待を超えること。(長嶋茂雄)


この50年、日本のボクシング界をリードした世界王者11人を【みんなの期待に応えたか?】【その期待を超えたか?】の2点から独断と偏見で評価してゆきます。





井上尚弥よりも先に〝MGMグランド〟で世界戦のメインを張った西岡利晃。井上と同じように世界評価をハコに求める勘違いを犯してしまいましたが、敗北と怪我を不屈の精神で乗り越えた反骨のサウスポー。
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ジュニアフェザー級は層の薄いクラスだが、西岡利晃のようなファイターたちが少しばかりの興味を刺激してくれている(リング誌)

【みんなの期待に応えたか?】

高校3年生で地元JM加古川ジムからプロデビュー。スパーリングではめっぽう強い〝ブルペンピッチャー〟で、プロ2戦目で失神KO負け。

日本王者になった頃から、勝負強さも目立ち始めました。

しかし、世界戦ではWBCバンタム級王者ウィラポン・ナコンルンプロモーションに4度挑戦して全て失敗に終わります。

日本興行で高額の承認料が欲しいWBC、日本人相手に高いファイトマネーが欲しいウィラポン、何としても世界王者になりたい西岡…Win-Win-Winな王座タライ回し(西岡は全失敗なので回されてませんが)は世界的にも問題視されました。

挑戦者のホームで同じ相手に4連続挑戦、前代未聞のタイトルの私物化ですから当然でした。

批判を受けても、アキレス腱断裂の大怪我を負っても、決定戦で世界王座を用意された温室待遇にも、周囲から何を言われようが空気を読まない鋼鉄のハートが西岡の持ち味でした。

そのハートの強さが、競争入札に敗れて敵地メキシコで戦うことになった2009年のジョニー・ゴンザレスとの防衛戦で発揮されます。

オッズも戦前予想も西岡が圧倒的不利。ジョニゴンはすでにスター戦線から脱落、しかもスランプ状態でしたが、西岡の世界評価がそれほど低かった、ということでした。

試合は、先のダウンを奪われる厳しい展開ながら、ジョニゴンの全自動逆転負け装置が3ラウンドに稼働、逆転KO勝利をもぎ取ります。

4連続失敗、帝拳コネクションによる決定戦での戴冠…西岡が背負ってきた十字架はモンテレーの逆転KOで一気に精算、翌年に長谷川穂積がフェルナンド・モンティエルにKOされて日本のエースの座に就きました。

しかし、MGMグランドへの憧憬から、西岡はまたしても十字架を背負いこむ羽目になってしまいます。

ボールルーム、プレミアムケーブルとは無縁のテレビ局、それでもファイトマネー100万ドル…西岡は、井上よりも10年も前に同じことをやっちゃっていました。

とはいえ、プロ2戦目での失神KO負けしたブルペンピッチャーが「日本史上最も衝撃的な海外防衛」を果たす世界王者になったのです。

期待は大きく超えたと言って差し支えないでしょう。

 

【その期待を超えたか?】

一部で〝MGM詐欺〟とまで揶揄されながらも、西岡はやはり空気を読みません。ノニト・ドネアとのジュニアフェザー級頂上決戦を目指します。

相手は、ジョニゴンではありません。当時、PFP上位にも名前を刻んでいたドネアです。

2012年、ついに実現した舞台はカリフォルニア州カーソン、ホームデポセンター。ゲンナディ・ゴロフキンの防衛戦(マルコ・アントニオ・ルビオ戦)とのダブルヘッダーでした。

「西岡は12ラウンド終了のゴングは聞けない」という圧倒的不利予想の通りに、6ラウンドにダウンを奪われると9ラウンドにも倒されて、コーナーがタオル投入。西岡の報酬はなぜか、わずか10万ドル、当時のレートで700〜750万円でした。

あの試合も、日本でやっていれば報酬は10倍とまで言わないものの、5倍は手にしていたはずです。大きな会場で注目度も高かったでしょう。

それでも、西岡は軽量級にはありえない「MGMグランドガーデンアリーナのメイン」という幻覚を夢想し、「ノニト・ドネア」という本物に辿り着きました。

西岡は、ライバル長谷川がついに拳を交えることができなかった、正真正銘の強豪と戦うリングに上がったのです。

プロ2戦目でノックアウト負けしたブルペンピッチャーが、何度も挫折を乗り越えてドネアとの真剣勝負を演じて、見事に散ったのです。

誰が見ても「その期待」を超えたはずです。