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先週12月8日に90歳の誕生日を迎えたボブ・アラムが、輝かしいキャリアのハイライトを振り返る。

アラムが生まれたのは1931年、世界が大恐慌に沈み込んだ時代の真っただ中だ。

あの苛酷な時代を生き延び、大きな成功を手にして、90歳代まで生きるのは、非常に稀なことだった。

アラム自身も「90歳の誕生日を迎えるとは思ってもみなかった」と笑う。

「大恐慌の時代、私が育ったニューヨークのブルックリンでは、65歳まで生きられたら幸運だった」。

「私の叔父は90代まで生き、100歳以上生きた大叔父も何人かいた。だから、私の体には長生きの遺伝子が活動しているのだろう」。

ボクシングの世界には、伝説的な人物がリングの中にも外にも存在する。

ボブ・アラムは「外」の世界に住む伝説の一人だ。 

リング誌は、生ける伝説と膝を突き合わせて話を聞くことができた。

米国ボクシングの生き字引であり、証人でもあるアラムは赤裸々にこのスポーツを語ってくれた。 

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The Ring: あなたがこれまでプロモートした中で最も偉大なファイターは?

Bob Arum:モハメド・アリ。彼は素晴らしいファイターであっただけでなく、素晴らしい個性を持ち、ボクシングや米国を超えた社会的、世界的、歴史的に重要な人物だったのだから。

アリの試合をプロモートすると、世界中の注目を集めることになる。私は「ボブ・アラム」ではなく「アリをプロモートした男」として知られるのだ。それは、本当にありがたいことだった。

その後、私はFOUR KINGS=四天王(シュガー・レイ・レナード、ロベルト・デュラン、マーベラス・ハグラー、トミー・ハーンズ)のラウンド・ロビンを手掛けた。

面白い試合を提供できたと自負しているが、アリのような巨大なインパクトを与えることは出来なかった。


誰もが注目するアリのチケットを売るのは、簡単だったな。

それでも、徴兵を拒否したアリに向けられた憎しみの嵐に向かってプロモートするのは、非常に厳しい仕事だった。

アリの試合を宣伝するのはデリケートな作業で、戦略と注意深さが求められた。

最高の環境で試合が行われるとは限らなかったが、アリはイベントを盛り上げる術を知り尽くしていた。





The Ring:これまでにプロモートした中で、最高の試合は?


Bob Arum:3つある。一つは「アリvsフレイジャー」。有名なThrilla in Manilaで、ドン・キングとの共同プロモーションだった。

途轍もな巨額の資金が動き、試合は生死を賭けた名勝負になった。

2番目は「マービン・ハグラーvsトミー・ハーンズ」。

3番目は、信じないだろうが「タイソン・フューリーvsデオンテイ・ワイルダー3」だ。


アリはフレイジャーに付けた鎖を操る天才だった。

多くは非常に侮辱的なものだったが、アリは目的を持って演じていたんだ。

ゴングが鳴ったとき、フレイジャーはアリを殺そうとしていた。


アリは序盤はフレイジャーを圧倒していたが、中盤に疲れ、フレイジャーの逆襲にあった。

フレイジャーはアリをノックアウトするのではないか、と真剣に思えた。


11ラウンド、アリはもう戦える状態ではなかったんだ。

幸運なことに、エディ・ファッチ(フレイジャーのトレーナー)が試合を止めた。フレイジャーは目が見えない状態でも戦闘続行を望んだが。

アリは見たこともないほど消耗していた。あの2人はお互いに殺し合ったんだ。

ハグラーとハーンズは、本当に憎しみ合っていた。13日間で25~26都市を回りるプロモーショナル・ツアーで、ハーンズはハグラーを怒らせた。

ゴングが鳴ると、ボクシングのことは忘れて、ただただ憎しみをぶつけ合った。


ハーンズは第1ラウンドで、打ち下ろしの右をハグラーにヒットさせた。トミーの最高の一撃だった。

ハグラーは倒れずに、ハーンズとの打ち合いに応じた。

トミーはハグラーの額に傷を裂いた。レフェリーのリチャード・スティールがドクターに見せ、戦争は続き衝撃的な結末を迎える。


フューリーvsワイルダーの第3戦も壮観だった。

選ばれた2人の巨人がぶつかり合い、互いに5度のダウンを取り合ったんだ。

フューリーがワイルダーを倒したとき、第2戦の再現かと思ったが その後、ワイルダーは勝負根性を見せた。


フューリーを2度ノックダウンしたときは、逆転勝ちだと思ったが、試合の波はまたフューリーに戻る。

フューリーとシュガーヒル・スチュワードは、試合が激闘になることを予想し、準備していたんだ。すごいコンビだよ。




The Ring:これまでプロモートした中で、最も楽しかったファイターは誰?


Bob Arum: アリとタイソン・フューリー。

2人とも頭脳明晰で、プロモーター冥利に尽きる才能だ。

特にアリは、まさに天才的なことを思いつく。

フューリーも人々の耳目を引き寄せる天才だが、アリはそのはるか上だった。

私とアリとはうまくやれたと思う。結局は人間同士、生身の付き合いだ。

1960年代、私はニューヨークのマンハッタン72丁目に家族と住んでいた。


ハーバート(モハメド、アリのマネージャー)とアリは、週末になるとニューヨークに来ていた。彼らは私たちと一緒に食事をするために、いつも金曜日の夜に電話をかけてきた。

イスラム教徒はユダヤ教徒と同じ食事規則を守っているからという理由もあった。

アリに反ユダヤ主義のようなことは一切なかった。

しかし、アリのプロモーターであり弁護士であるためには、(イスラム教の指導者である)イライジャ・ムハンマドの承認が必要だったが、イライジャとハーバートは私を受け入れてくれたんだ。

ジム・ブラウンが私をアリに紹介したが、数ヵ月後には、私の方が彼らと仲がいいと言ってきたよ(笑)。


アリが亡くなった時は痛切だった。

極度のパーキンソン病を患っていただけでなく、その他にも複雑なことがいろいろあった。

最後の4、5年間は、もう本当のモハメド・アリではなかった。

ハグラーが亡くなったときも、大きなショックを受けた。


引退した後も、彼はいつもジムでトレーニングに励んで、あんなに早く天国に行くとは考えられなかったのに。


The Ring: オスカー・デラホーヤやフロイド・メイウェザーとの関係は?

Bob Arum: 私は契約したファイターを分け隔てなく愛してきた。

オスカーとフロイドは自分を売り出すことが途轍もなく上手かった。


オスカーと私は、私が材料を提供し、彼がそれをスペイン語と英語で説明できるように作り上げた。オスカーはアメリカとメキシコをつなぐ優秀なコミュニケーターだった。

フロイドは頑固だが、比較的プロモートはしやすかった。

フロイドと私が食い違ったのは、私もアフリカ系アメリカ人のコミュニティーにコネクションを持っていたから。

しかし、世代が移ろう中で、コミュニティが変わってしまったことに、私は気が付かなかった。

フロイドは、コミュニティの変化を理解して、彼らに働きかける方法を知っていた。

「もう正攻法(プリティボーイ)のプロモートは通用しない」「米国人ファイターでもメキシコ人のファンを呼び込むサインを送るべき」…フロイドは様々な意見を披露してくれたが、当時の私は理解できなかった。


つまり、彼の意見を却下してしまったんだ。

結局は彼が正しくて、私が間違っていた。まあ、よくあることだ。ただ、世間で言われているように、フロイドとトラブルになったことは一度もない。

喧嘩別れじゃない、彼は独立したんだ。

 


The Ring:ご自身の最大の功績は何だと思われますか?

Bob Arum:スタートしたばかりのころのESPNとの契約。私はアリをプロモートし、ハグラーとレナードもプロモートした。

ESPNとトップランクのシリーズは15年間も続いた。当時はとても小さなネットワークで、あのような番組を15年間、順調に毎週提供し続けた。

特定のファイターに依存せずに、この番組の中からスターを生み出したことは、プロモーターとして満足さている。


ESPNシリーズは私の最大の功績だった。


The Ring: ボクシングにおける最大の失敗は?

Bob Arum:たくさんある、ありすぎる(笑)。大きいことも小さなことも。

最近だと、ワシル・ロマチェンコと契約したとき、オレクサンダー・ウシクとも契約できたのに、それをしなかった。

クルーザー級のウシクは、アメリカでは何の価値も無かったからだ。

私は、そのときの表層しか見ていなかった。「クルーザー級のウクライナ人」には需要が無い、ヨーロッパでようやくなんとかなる素材、そう決めつけてしまったんだ。

ウシクが将来ヘビー級を見据えていることは知っていたし、ヘビー級でも一定の成功を収めるとも思っていた。

それなのに…今から思い返すと、なぜ契約しなかったのか、自分でもわからない。

人間は必ず失敗を犯す生き物だ。


テレンス・クロフォードをアンダーカードの下の方で固定したのも、間違いだった。もっと早くから力を入れて売り出すべきだった。

大きな失敗となると、一番は若い世代の白人ファンを失い続けていることだろう。

ボクシングは非常に面白いスポーツ。ヒスパニックの一部では、今でもメジャースポーツと言って差し支えない。


しかし、全体を見るとメインストリームから完全に外れてしまった。

白人の観客を会場とテレビに呼び戻すことが出来たなら、このスポーツはまた蘇る。是非とも、そうしなければならない。