一人忘年会のシメは新潟ラーメン。

玉葱ダブルに味玉乗せ。玉葱に覆われて麺もチャーシューも見えません。

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うまい…このラーメンはクセになります。

しかし、今夜、終電間際の東京メトロ銀座線に飛び乗って、僅か15分程度の乗車時間で書きたいのは、日本のボクシングの未来について、です!

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アマチュア時代から栴檀の香りを放っていた、日本の至宝が二人。

しかし、現代はボクシングの社会的地位が下落、世界王者の価値はどこまでも軽くなってしまった4-Belt era。その暗闇の中でも、日本のボクシングファンは二筋の光を見ることができています。

アマチュア時代はヤンチャな兄貴と優等生の弟、そんな雰囲気でしたが、プロ転向後の二人は日本のボクシング界が戦うべき方向を指し示す羅針盤の役割を担ってくれました。

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「白井義男」が日本で初めて世界チャンピオンになった、当時の興奮は時代の違いがあるにせよ、現代の「大谷翔平」をはるかに凌駕する興奮と熱狂だったでしょう。


ロンドン五輪金メダリストの村田諒太は「日本人には不可能」と信じられてきた人気階級のスーパースターを倒すという悲願に向かって。

そして、井上尚弥は日本伝統の軽量級で技術を磨き、BWAAをはじめ世界の権威が「日本史上最高」と断定しているファイティング原田という頂上に激しいアタックを試みています。

村田は「世界」、井上は「日本」の巨大な壁に立ち向かっている様相ですが、「世界の裏」は「日本」で「日本の裏」は「世界」です。

「打倒!人気階級のスーパースター」は〝日本〟ボクシング界の夢であり、「打倒!ファイティング原田」はまさしく〝世界〟評価との決闘です。

井上信者らの評価なら、モンスターはとっくの昔にファイティングを超えています。というか、彼らは原田を識らないでしょう。

兎にも角にも、私たちは同時代に、全く対照的な二つの至宝と巡り会えているのです。

1960年代、原田がいなくてもそれなりにボクシング界は活況を呈していたでしょう。

70年代、具志堅用高がいなくてもボクシングの世界チャンピオンは、スポーツ界でそれなりの尊敬を勝ち得ていたはずです。

80年代移行も国民的ヒーローと呼ぶに値するボクサーは登場していませんが、辰吉丈一郎や畑山隆則、亀田興毅、長谷川穂積らが存在感を示し、やはり彼らがいなくても、日本のボクシングはそれなりに盛り上がっていたでしょう。

しかし、もし今、村田と井上がいなければこのスポーツは世界戦ですら地上波から追放され、失楽園に迷い込んでいたに違いありません。

それなりに盛り上がることすら、なかったかもしれません。

パンデミックの影響が大きいとはいえ、至宝の二人が足踏みを余儀なくされています。

あれほどの眩い輝きを、あれほどの才能を、何も照らせないまま、消えさせてたまるか。



きっと、悪いことばかりじゃない。

ESPNに先日の井上の試合記事が見当たりません。トップランクとの契約が解消されたのかもしれません。僥倖です。フリーになった方が可能性が広がります。

村田にしてもカネロ・アルバレスとの試合が内定したこともありました。ゲンナディ・ゴロフキン戦はチケットまで売り出される決定でした。 もう、大きな果実に手が届いていたのです。



ちょうど10年前の「インドネシア大統領カップ」。国際大会初優勝の二人が驚きのパフォーマンスを見せて金メダルを持ち帰りました。

「村田、こいつ本当にスゲェな!」「井上って、まだ高校生かよ? 」。

2011年、大震災に見舞われ、痛切な悲しみに沈んでいた私たちを励ましてくれました。

大学時代にボクシング部にいた友人も、そんな一人でした。故郷に帰って教鞭を執っていた彼は「大切な人も家も失って、何もやる気が起きない」と嘆いていました。

数ヶ月後、彼の方から連絡がありました。その中で「ジャカルタの村田と井上」の話が出て、彼が笑いました。

「この二人がどこまで行くのか、見てみたいな」。

あれから、10年。


さあ、未来の話をしようぜ!