リング誌電子版がパッキャオ引退を惜しんで記事を再掲も含めて連発してくれています。
これから紹介するのは2020年11月号プリント版の記事です。もしかしたら、どっかで拙訳してる気もしますが…そんなの関係ねぇ!
ここでは、もうパックマニアの思いを爆発させます!
俺は、マニー・パッキャオがとにかく大好きだった!
PACQUIAO’S NINE-YEAR SERIES WITH A TRIO OF MEXICAN STARS PRODUCED SOME OF THE GREATEST (AND UNQUESTIONABLY THE WORST) MOMENTS OF HIS CAREER
パッキャオと3人のメキシカンによる9年間に及ぶ大戦争は、パッキャオのキャリアで最も偉大な(そして疑いようもなく最も価値ある)時間となった。
そして、幸運だったのは〝メキシコ〟だったことです。
バレラ戦でリングまでの花道、今まで浴びたことのないブーイングの嵐に、さすがのフレディ・ローチ「試合が終わったら逃げて帰らないと生きてここを出れないぞ」と真顔で言ったそうです。つまり、勝つ自信があったんですが。
その、勝ったら逃げないと生きて帰れない、そんなアラムドームが試合終了時にはパッキャオへの拍手も起きるのです。
「最後まで勇敢に攻めたのはお前だ!お前はバレラより強かった!」。
メキシコのファンは攻めまくるスタイルに共感します。その感情は自国選手を応援する気持ちをも凌駕します。
カネロ・アルバレスvsゲンナディ・ゴロフキンの第1戦。T-Mobileアリーナはほとんどがカネロのサポーター、試合中は「打ち合え!」「攻めろ!」の大合唱で応援。試合が終わると応援に答えなかったカネロでのブーイングがあちこちで起き、不可解な判定が読み上げられると大ブーイングが巻き起こりました。
彼らが応援する順番は「メキシカンスタイル>>>メキシコ人」なのです。日本人が柔道を見る目に少し似ているかもしれません。「勝つことが一番大事。でも一本で勝つことも同じくらいに大事」。
その意味で、メキシコの時代の真っ只中に米国西海岸に乗り込んだパッキャオは幸運の塊でした。
メキシカンスタイル。打撃戦には絶対に応じる。打たれたら打ち返す。
軽量級にメキシコ史上屈指のスーパースターが3人も揃ったところに、飛び込んだパッキャオ。
常識的に感じたら突破不可能のメキシコ包囲網でしたが、結果的には彼らがパッキャオという神輿を担いでくれたのです。
**********
全く、記事を訳さないままですが 、そんなの関係ねぇ!
永遠に続きます。
これから紹介するのは2020年11月号プリント版の記事です。もしかしたら、どっかで拙訳してる気もしますが…そんなの関係ねぇ!
ここでは、もうパックマニアの思いを爆発させます!
俺は、マニー・パッキャオがとにかく大好きだった!
PACQUIAO’S NINE-YEAR SERIES WITH A TRIO OF MEXICAN STARS PRODUCED SOME OF THE GREATEST (AND UNQUESTIONABLY THE WORST) MOMENTS OF HIS CAREER
パッキャオと3人のメキシカンによる9年間に及ぶ大戦争は、パッキャオのキャリアで最も偉大な(そして疑いようもなく最も価値ある)時間となった。
メキシコの伝説3人を向こうに回してアジアの無名のボクサーがたった1人で、勇敢な戦いを挑む!
もちろん、マニー・パッキャオはどの試合も圧倒的なBサイド、始まりはunderdogどころか、咬ませ犬でした。
9年戦争が勃発したのは2003年11月15日のテキサスはアラモドーム!
ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)と「軽量級としては」という決まり文句を超えた超大型契約を結んだばかりのマルコ・アントニオ・バレラはアルファベットのストラップこ保持していませんでたが、フェザー級でリング誌のベルトを保持、Lineal Championでもありました。
直近5戦は、メキシコの強豪から逃げ回っていたナジーム・ハメドに圧勝、強豪エンリケ・サンチェスも粉砕、WBC王者エリック・モラレスに雪辱、ジョニー・タピアとの人気者対決を制し、古豪ケビン・ケリーを屠るという「これでPFP3位っておかしくないか?」という充実ぶりでした。
1階級下で実質ストロー級でキャリアをスタートしたパッキャオは当時、アジア時代の印象から打たれ弱いとも言われていました。
そして、GBPにとっては大型契約を結んだバレラとのハネムーン、バレラにとってはボーナス。
まだ1ラウンドが始まったばかりというのに会場から「高いカネ払ってんだからちょっとは立ってろ!」とダウンしたパッキャオに罵声が飛び、笑い声も巻き起こりました。
すぐに立ち上がったパッキャオは「ダウンじゃない、足を引っ掛けられた」と足元をグローブで指しますが、主審のローレンス・コールまで笑って首を振ります。
そう、ここはテキサス、主審はメキシコのお抱え、360度アウエーです。
あのとき、この試合が9年も続く大戦争の火蓋を切ったことを誰が想像したでしょうか?
パッキャオに罵声と嘲笑を送ってた、アラもドームを埋め尽くしていたメキシコ人たちが静まり返るのに多くの時間は必要ありませんでした。
浜田剛史は「スターに勝てば相手の人気も評価も全部持っていけるわけですから、パッキャオがそうでしたから」とよく言いますが、あれは嘘です。
そんなのパッキャオだけです。スターが番狂わせに負けても、スターの価値が下がるだけです。
しかし、何度も番狂わせを繰り返すと、それもメキシコ人の魂を揺さぶる戦い方なら…話は変わってきます。
パッキャオはバレラとモラレス、デラホーヤ…全部奪い取りました。
ホワイトホープ、ケリー・パブリックと、黒人ボクサーの騎手フロイド・メイウェザーをサイドに追いやりセンターでポーズ。
そして、幸運だったのは〝メキシコ〟だったことです。
バレラ戦でリングまでの花道、今まで浴びたことのないブーイングの嵐に、さすがのフレディ・ローチ「試合が終わったら逃げて帰らないと生きてここを出れないぞ」と真顔で言ったそうです。つまり、勝つ自信があったんですが。
その、勝ったら逃げないと生きて帰れない、そんなアラムドームが試合終了時にはパッキャオへの拍手も起きるのです。
「最後まで勇敢に攻めたのはお前だ!お前はバレラより強かった!」。
メキシコのファンは攻めまくるスタイルに共感します。その感情は自国選手を応援する気持ちをも凌駕します。
カネロ・アルバレスvsゲンナディ・ゴロフキンの第1戦。T-Mobileアリーナはほとんどがカネロのサポーター、試合中は「打ち合え!」「攻めろ!」の大合唱で応援。試合が終わると応援に答えなかったカネロでのブーイングがあちこちで起き、不可解な判定が読み上げられると大ブーイングが巻き起こりました。
彼らが応援する順番は「メキシカンスタイル>>>メキシコ人」なのです。日本人が柔道を見る目に少し似ているかもしれません。「勝つことが一番大事。でも一本で勝つことも同じくらいに大事」。
その意味で、メキシコの時代の真っ只中に米国西海岸に乗り込んだパッキャオは幸運の塊でした。
メキシカンスタイル。打撃戦には絶対に応じる。打たれたら打ち返す。
軽量級にメキシコ史上屈指のスーパースターが3人も揃ったところに、飛び込んだパッキャオ。
常識的に感じたら突破不可能のメキシコ包囲網でしたが、結果的には彼らがパッキャオという神輿を担いでくれたのです。
**********
全く、記事を訳さないままですが 、そんなの関係ねぇ!
永遠に続きます。



コメント