仕事の話を見事なまでに一切しないヤツと酒を飲むのは楽しいものです。
30代の彼とも久しぶりのお酒、家族や趣味やスポーツの話…。
よーく考えると、コイツの話は全部身の回り半径1メートルくらいで起きたことです。
このタイミングです。半径1メートル男とはスポーツ話でも盛り上がりました。
ハンカチ王子の引退、井上康生と稲葉篤紀の勇退、大谷翔平の2021年…。

↑これは別の店の画像。
斎藤佑樹が数年前に受けたインタビュー、彼の言葉は印象的でした。
「苦しいですよ。プロに入ってから楽しいと思ったことは、ないんじゃないかな」。
試合も練習も楽しいと思ってやったことはない、というのは宮本慎也らも同じでした。
練習はとにかく厳しい。肉体は怪我との戦い。
相手チームはもちろん、味方チームにもポジションを争うライバルがいる。毎年、自分のポジションに新人が入って来る。
楽しいわけがない、というのはよく分かります。
しかし、斎藤の「楽しいと思ったことはない」という言葉には、もっといろんなことが詰まっていたんじゃないでしょうか。
もしかしたら、プロ野球選手として歴史上最も苦しんだ人かもしれません。
私が彼の立場なら、いっそのことクビにしてくれた方がいい、と考えたでしょう。
しかし、彼はそれを潔しとはしなかった。
高校3年のあの熱い夏が、もう二度と戻って来ないことは、彼が一番よく分かっていたのかもしれません。
お疲れ様、という言葉の他は何も思い浮かびません。
日本人が大好きな高校野球、その檜舞台の甲子園、あまたの名勝負が繰り広げられましたが、あなたが主役になった試合が史上最高のベストゲームでしょう。
あの夏の大会、ガチガチの鉄板favoriteは田中将大でした。そして、春の地区予選でゴールド負けを喰らっていたあなたは完全なunderdog。
あの夏、斎藤は私が愛する〝パックマン〟でした。
決勝の「2試合」は、本当に素晴らしい試合でした。
第二の人生でも、あの夏に負けない熱い夏を何度も経験されることでしょう。
そしてもしかしたら、彼が「楽しいと思うことはなかった」というプロの11年だって、時間が絶妙の酵素になって高級ワインのように熟成されるに違いありません。
実はさっきまで一緒に飲んでた半径1メートル男は、2年下の彼と大学時代に何度か対戦経験があるんです。
「斎藤の試合はお客さんの数が違うし、グラウンドレベルだと報道陣の数が普段と全く違うんですよ」。
「僕のレベルだと間違いなく生涯最高のピッチャー。とにかく変化球が抜群だった」。
「それでもあの夏よりもスピードは落ちてたって言われてたし、ときどき変化球が抜けてきたんですよね」。
自分の恋人が重い病にかかったように話すのが面白くて「ハンカチ王子はお前のことなんて覚えてないやろ」と笑うと「実質2季だけだし覚えてるわけないですね」と彼も笑いました。
何度か聞いた話ですが、久しぶりに聞くと新鮮です。
まあ、生涯最高の投手と全盛期に対決出来なかったこと、それがものすごく残念なのは理解出来ます。
店を出ると、彼が「僕のこと半径1メートル男とか言ってましたけど、さっき話した斎藤とは18.44メートル離れて対決してたんですからね」と背を向けてマロニエ通りを銀座方向に歩き出す半径1メートル男でした。
すぐに「そのセンスを仕事に活かせんもんかなあ!」とラインメールすると、既読スルーされました。
仕事の話はしない。さすが徹底されてるわい。
しかし、飲んだなあ…。
30代の彼とも久しぶりのお酒、家族や趣味やスポーツの話…。
よーく考えると、コイツの話は全部身の回り半径1メートルくらいで起きたことです。
このタイミングです。半径1メートル男とはスポーツ話でも盛り上がりました。
ハンカチ王子の引退、井上康生と稲葉篤紀の勇退、大谷翔平の2021年…。

↑これは別の店の画像。
斎藤佑樹が数年前に受けたインタビュー、彼の言葉は印象的でした。
「苦しいですよ。プロに入ってから楽しいと思ったことは、ないんじゃないかな」。
試合も練習も楽しいと思ってやったことはない、というのは宮本慎也らも同じでした。
練習はとにかく厳しい。肉体は怪我との戦い。
相手チームはもちろん、味方チームにもポジションを争うライバルがいる。毎年、自分のポジションに新人が入って来る。
楽しいわけがない、というのはよく分かります。
しかし、斎藤の「楽しいと思ったことはない」という言葉には、もっといろんなことが詰まっていたんじゃないでしょうか。
もしかしたら、プロ野球選手として歴史上最も苦しんだ人かもしれません。
私が彼の立場なら、いっそのことクビにしてくれた方がいい、と考えたでしょう。
しかし、彼はそれを潔しとはしなかった。
高校3年のあの熱い夏が、もう二度と戻って来ないことは、彼が一番よく分かっていたのかもしれません。
お疲れ様、という言葉の他は何も思い浮かびません。
日本人が大好きな高校野球、その檜舞台の甲子園、あまたの名勝負が繰り広げられましたが、あなたが主役になった試合が史上最高のベストゲームでしょう。
あの夏の大会、ガチガチの鉄板favoriteは田中将大でした。そして、春の地区予選でゴールド負けを喰らっていたあなたは完全なunderdog。
あの夏、斎藤は私が愛する〝パックマン〟でした。
決勝の「2試合」は、本当に素晴らしい試合でした。
第二の人生でも、あの夏に負けない熱い夏を何度も経験されることでしょう。
そしてもしかしたら、彼が「楽しいと思うことはなかった」というプロの11年だって、時間が絶妙の酵素になって高級ワインのように熟成されるに違いありません。
実はさっきまで一緒に飲んでた半径1メートル男は、2年下の彼と大学時代に何度か対戦経験があるんです。
「斎藤の試合はお客さんの数が違うし、グラウンドレベルだと報道陣の数が普段と全く違うんですよ」。
「僕のレベルだと間違いなく生涯最高のピッチャー。とにかく変化球が抜群だった」。
「それでもあの夏よりもスピードは落ちてたって言われてたし、ときどき変化球が抜けてきたんですよね」。
自分の恋人が重い病にかかったように話すのが面白くて「ハンカチ王子はお前のことなんて覚えてないやろ」と笑うと「実質2季だけだし覚えてるわけないですね」と彼も笑いました。
何度か聞いた話ですが、久しぶりに聞くと新鮮です。
まあ、生涯最高の投手と全盛期に対決出来なかったこと、それがものすごく残念なのは理解出来ます。
店を出ると、彼が「僕のこと半径1メートル男とか言ってましたけど、さっき話した斎藤とは18.44メートル離れて対決してたんですからね」と背を向けてマロニエ通りを銀座方向に歩き出す半径1メートル男でした。
すぐに「そのセンスを仕事に活かせんもんかなあ!」とラインメールすると、既読スルーされました。
仕事の話はしない。さすが徹底されてるわい。
しかし、飲んだなあ…。
コメント
コメント一覧 (2)
なお、駒大苫小牧と早実は、2005年の明治神宮大会で駒苫がコールド勝ちでした。
2006年の選手権大会決勝は、ご存知の様に駒苫がヒール役になっていましたが、決勝までの両校の対戦校と勝ち上がりの経緯を見るに、実は駒苫の方が苦しんでいました。エースの田中将大はコンディション不良、加えて準決勝までの対戦相手はいずれの学校も(南陽工、青森山田、東洋大姫路、智弁和歌山)手強かったです。
一方、早実の対戦相手は弱かったわけではありませんが、早実にとって次に対戦したくない相手がいずれも負けてくれました。力は当然ありましたが、運も持ち合わせていました。
私はこの年の早実の試合を甲子園で2回観戦しました。1試合は2回戦の大阪桐蔭戦、もう1試合は決勝の延長15回引き分けとなった駒大苫小牧戦です。大阪桐蔭戦は、11-2の大差で早実が快勝。騒がれていた大阪桐蔭の2年生中田翔は、斎藤の前に4打数ノーヒット3三振。1打席目のボール球のインハイへの速球をとんでもない空振り三振した時点で、勝負ありでした。試合も、早実が加点するたびにアルプススタンドから「紺碧の空」の合唱が止まらないので、甲子園球場ではなく神宮球場かと感じさせるほどでした。
決勝戦は、斎藤と途中からリリーフで登場した田中の投げ合い、再三にわたる好守、延長に入っても衰えない斎藤の球威が印象的でした。延長15回表で147km/hを計測した時の球場のどよめきもよく覚えています。
フシ穴の眼
が
しました